【第28回ワークショップ議事録】
2014年11月 13日(木)、国際食糧政策研究機関 (IFPRI: International Food Policy Research Institute)にて、リサーチアナリストとしてご活躍なさっている春名聡子さんをプレゼンターに迎え、「気候変動対応型農業(Climate Smart Agriculture)の現在と可能性」というテーマで第28回ワークショップが開かれました。
【テーマ】 「気候変動対応型農業(Climate Smart Agriculture)の現在と可能性」
今年9月にNYで開催された国連気候変動サミットでは、農業セクターの気候変動政策を押し進めるセクター間アライアンスGlobal CSA(Climate Smart Agriculture) Allianceが設立されるなど、農業セクターの気候変動対応の重要性に注目が集まりました。こと途上国の食糧生産システムにとり、気候変動への適応は喫緊の課題です。また農業セクターは世界の温室効果ガス排出源の20-30%を占めるとされるにも関わらず、エネルギー・製造業・交通セクターと比べ気候変動政策フレームワークの欠如も含め、対応が遅れているのが事実。気候変動対応型農業(Climate Smart Agriculture)の概略、取り組みと今後の可能性、課題についてお話しし、増え続ける食糧需要に対応しながら、持続可能かつ気候変動に対応した農業へのシフトを進めるにはどうすればよいのかを、IFPRIの政策研究の例やディスカッションを交えながら、参加者の皆さんと一緒に考えていきたいと思います。
【プレゼンター略歴】 春名聡子(はるなあきこ):国際食糧政策研究機関 (IFPRI-CGIAR: International Food Policy Research Institute) リサーチアナリスト
関西学院大学総合政策学部卒(学士)、2010年デューク大学環境学大学院卒。2002〜2007年、プレスオールタナティブ(株)にてアジア・アフリカ・中南米諸国の有機・フェアトレード食品の生産管理〜輸入事業を担当。大学院では環境経済学とその農林業セクターの気候変動政策への応用を専攻、在学中にパナマ国政府のエコシステムサービスプロジェクト、ナイジェリア小規模稲作農業の経済性研究に従事。2012年よりInternational Food Policy Research Institute(IFPRI-CGIAR:国際食糧政策研究機関)で、途上国・新興国農業の気候変動政策の調査に従事。現在、気候モデル・クロップモデル・土地利用モデル等各種モデルによる気候変動政策実施・技術普及の効果予測プロジェクトに従事。
【プレゼンテーション】
- イントロダクション
IFPRIの組織概要やCGIAR: Consultive Group on International Agricultural Researchとの連携につき説明があった。IFPRIでの研究例「2050年における西アフリカのメイズの収穫量変化」なども紹介された。
- 参加者とのディスカッション
イントロダクションの後は、プレゼンと並行して3つのテーマにつき参加者とのディスカッショが行われた。
ディスカッション1:現在および将来における、世界の農業が直面する課題とは?
参加者からは、作付可能地域の変更、水問題や土壌流出、害虫、砂漠化、地下水のくみ上げによる土壌劣化(塩害)等の意見があった。その後、プレゼンターより、気候変動化における世界の農業の典型的な課題として、洪水・干ばつの増加、気候帯自体の変化、病虫害、異常気象によるロジ・保管時のロス、資源紛争(水・土地)、食料価格上昇、脆弱層である農民がさらに脆弱になる、等の問題が起こるリスクが言及された。
ディスカッション2:農業が気候変動に与える影響
世界の温室効果ガス排出量の15~25%が農業セクターからである。原因は、農地拡大による森林伐採と土地利用の変化、家畜と水田からのメタン、肥料使用、焼畑農業等など。80~90%が生産過程、10~20%が投入物生産・加工輸送過程で発出される。また、土地使用変化(世界の排出量の12~18%)の75%が農業セクターの影響によるものである。また、農業生産段階の温室効果ガスの地域別排出量は、1位:ラテンアメリカ、2位:南アジア・南西アジア、3位:サブサハラアフリカである。(北米では、農業からの温室効果ガス排出量は、森林バイオマスの増加により相殺されている)
ディスカッション3:どういった形で農業を持続的にしていけるか?
参加者からは、既存の農地の生産性を高める、森林伐採減少のために森林と共存する農業法を実践、外部からの投入量を減らし、水や栄養分などの物質が内部で循環される循環型農法、自然の生態系の仕組みを破壊しない形の農法の実践、等の意見があった。プレゼンターより、農業の持続可能性を高めるに当たっては、温室効果ガス拡大の背後にある20世紀型農業:緑の革命に見られる、高投入量・技術集約型の生産性拡大による貧困削減、耕地面積拡大、単一作物生産などからの変換の必要性が紹介され、本プレゼンテーションの本題であるCSA (Climate Smart Agriculture)の紹介へと移った。
- CSA (Climate Smart Agriculture)
CSAとは、21世紀の農業の3つの主要課題(生産性向上、気候変動適応、気候変動緩和)を統合的に解決するためのフレームワークと言える。現在の農業分野には以下のとおり課題別のファイナンス・政策フレームワークの計画と実践が別々に進行しており、目指す政策目標の相互矛盾が起こる事がままあり(例:開発と気候変動ガス削減等)、政策実施の効率性にも問題を来たす。こういった事がCSA登場の背景にある。
・農業開発ファイナンス
・気候変動ファイナンス
・気候変動緩和政策
・気候変動適応政策
・気候変動政策全般
- 世界のCSAの例
以下、生産性向上、気候変動適応、気候変動緩和(CO2排出減等)に同時に取り組むCSAの技術の4つの例が紹介された。詳細はプレゼン資料参照。
- Zai (西アフリカの乾燥地帯に従来から存在する、水保全と生産性向上の農業技術。在来型技術である事と、誰にもできる非常に簡単な技術なので短期間に拡大した)。土壌流出を食い止めるためのStone bund + tree plantingとも組み合わされる(また、植林は新たな収入をもたらす等の効果)
- Silvopastoral (例:Leucaena)(牧草地に植林を行い、水保全、炭素吸収量増加、家畜の熱害リスク減少と生産性向上を達成)
- Agroforestry (例:banana + coffee。多年作物の技術。森の生態系を擬似した形で複数の作物層を植える。)
単一作物の植え付けが一般的であった時代と比べ、現在メインストリーム化してきている技術。
- Conservation agriculture (土壌と水保全のため、世界中で普及している技術。窒素固定作物とのmix cropping、低耕起あるいは無耕起、作物残渣を土表面に残す)
例としてブラジル、パラグアイでは官民を挙げての大規模導入、アメリカでも普及率が高く、アフリカ諸国では昨今導入率が拡大している。
また、ITを使用した気象情報を農民にどう届けるか、改良種子等、他にもCSAに含まれる技術が多種多様ある。
- CSAの分野で今後検討が必要と考えられている事項
・食糧ロスの改善(世界の食糧の3分のⅠ)
・エネルギー・生産加工
・土地利用変化
・持続可能な食糧消費の推進(例:食肉生産の気候変動への負荷が甚大なことから、肉食以外の蛋白源の推進等)
・ジェンダー、エクイティの観点を組み込む
- CSAの歩み
2009年、FAOによって提唱されたのが起源であり、2014年のUN climate summit においてCSA Alliance(正式名称The Global Alliance for Climate-Smart Agriculture) が結成され、各国政府、NGO、研究機関、国際機関、民間企業が参加。CSA Alliance発足の背景には、UNFCCCでの農業セクター(排出量多く、農業従事層に貧困層が多く気候変動適応が喫緊課題に関わらず)の交渉が座礁してきたため、農業セクターのステークホルダー者間で危機感が高まっていたことが挙げられる。なお、CSA Allianceにはマクドナルドやウォールマートも加盟している。世銀は2018年までに農業案件のすべてにCSAを導入することを目標にしている。
- CSA指標
既存のプロジェクトを評価し(案件の数値化)、CSA化を推進するための指標開発も進められており、世銀が積極的に取り組んでいる。
- CSAの可能性
現時点ではアップスケールの事例は少ないが、実現すれば、効率的な資金調達と政策実施が期待される。政策実施の効果性も、貧困削減・生産性向上、気候変動適応、気候変動緩和のそれぞれの個別政策実施における相互矛盾の解決により、高まる事が期待される。
- 最後に(プレゼンターの現従事案件について)
Low Emission Development Projectに従事している。IFPRI は農業経済と政策分析を強みとする組織。この案件では農業セクターのグローバル部分均衡モデル、土地利用モデル、クロップモデルを使いながら、2030年時点の政府の気候変動政策・農業開発政策の効果性の予測を、農作物、牧畜、森林の分野横断で行っている。
【質疑応答・ディスカッション】
Q1:地域別排出量に関して、合計でなくヘクタール(面積)あたりのCO2排出でみた場合はどうなるか。
A1 ヘクタールあたりでも、森林伐採による炭素ロスも含めると恐らくラテンアメリカが高いと思われる。ラテンアメリカの農業を牽引しているのは輸出である。
Q2:CSAは先進国主導の印象があるが、途上国の反応は?
A2: たしかに先進国主導のコンセプトではあるが、途上国で今必要とされているアプローチと考える。すでに古来・従来からあった技術・現地に根付いている技術の普及のケースも多く、アフリカにおけるZai(自発的に普及)などのすでにある技術を、ITなど新しい技術ともうまく組み合わせつつ、いかにアップスケールさせて普及させていくか、という点が重要と思われる。アップスケールには先進国からの資金が必要で、その点で先進国のコミットメントは欠かせない。
Q3:CSA導入については、現地での農業者から興味が持ったら進んでいくのか?それとも、あくまでトップダウンのものなのか?
A3:まだまだCSAは世界中の農民に知られておらず、いかにラストマイルまで届けるかが最重要課題の1つ。農民組織やNGOなど実際に普及に強い組織もCSA allianceに入っており、ここがキーアクターとなる。
Q4: なぜZaiなどの農業技術をあえて農民同士で共有するのか?民間企業だと企業秘密にして公開しない。独占したほうがより利益を上げられて、経済的合理性があるのでは?
A4: アフリカだと助け合いが農村社会の基本ということが大きいと思われる。(民間企業と違って、水資源の共有など相互扶助の関係がある)農民同士がよく情報交換をしているのを現場でよくみる。また、他の参加者からは、「一人だと実践コストが高くつくが、多くの人が同じことをすると規模のスケールで運搬等のコストが安くなる。(これも経済的合理性と言える)」旨もコメントがあった。
コメント1:
世銀のバイオカーボンファンドでは、排出量削減が達成された時点でファイナンスを実行する、Result-based finance方式を取り入れている。イギリス、アメリカ、ノルウェーから350億円集め、投資を始める準備段階である。
コメント2:
世銀のGFDDR(災害対策部)では、ITを活用した気象情報サービス(雨季の始まり・終わり、日々の天気予報などを農民に伝える)のプロジェクトにも取り組んでいる。一定降水量以上の場合の保険適用を行う保険商品には、特定の地域での降水量のデータが必要であるなど、データの整備が重要課題である。
コメント3:
個々の農民は経済学に合理的であるし、リスクを考慮する。CSA導入による変化(例えば、農法や生産作物の変更)はまさに生活に関わるリスクであり、いかにインセンティブを与えて行動を起こしてもらうかは難しいことである。(プレゼンター:農業セクターの排出量が減らない理由に、農民がリスクをおかして変更しようとしないことにあるのではという考察も存在する。)
コメント4:
気候変動対応型の食糧消費について。人の味覚はそんなに変わるものでなく、どのように変えていくかは難しい。また、CSAのアジェンダを先進国でどのように進めていくかは、先進国でも農業は既得権益セクターであることから非常に難しい課題であると感じている。
終了後は、春名さんを含め20人ほどで、懇親会が行われました。