【第35回ワークショップ議事録】
9月3日(木)に開催した第35回ワークショップでは、「開発における防災最前線」をテーマに、現在世界銀行の開発案件において防災を主流化するため、2006年に設立された世界銀行グローバル防災ファシリティ(Global Facility for Disaster Reduction and Recovery-GFDRR)において、事前防災から発災後の被害評価にまたがる様々な分野に携わっておられる齋藤恵子さんをプレゼンターにお迎えしました。
【テーマ】「開発における防災最前線」
【略歴】齋藤 恵子(さいとうけいこ)防災専門官(Disaster Risk Management Specialist)。世界銀行グローバル防災ファシリティ(Global Facility for Disaster Reduction and Recovery)所属 。2012年入行。開発業務における事前防災および発災後のPost Disaster Needs Assessmentにおいて空間情報の整備、利用を促進、また途上国でも維持、利用可能な科学・技術・イノベーション(Science, Technology and Innovation)を防災に取り入れていくことなどをテーマに幅広く活動。自然災害リスクアセスメントにおけるオープンデータの利用を促進するOpen Data for Resilience (OpenDRI) やそのほかGFDRR InnovationLab内で行われている事前防災にまつわる防災ナレッジマネジメントに関わっている。
1998年より2012年まで英国在留、ケンブリッジ大学のDepartment of Architectureにて Senior Research Associate, およびCambridge Architectural Research Ltd. にてDirectorとして防災リスクコンサルティング業務に従事。
【プレゼンテーション】
自然災害には、地震、津波、洪水などがあり、それぞれ単独に起きたり複合的に起きたりする。自然災害による被害額の推移をみると、世界の人口が増え、都市部に流入することによって、貧困層が都市部の脆弱な部分に多く住むことになり、被害額も増えてきている。2013年に世界の都市人口が全人口の50%を超え、今後もその傾向が続く見込み。
統計では、1970年から2008年までの間に、毎年約1億6千万人が被災し、約10万人の人命が失われ、被害額は約400億ドル以上とされており、場所を選ばず起こる災害は、世界的な課題となっている。
途上国の場合、災害にresilienceな社会を作らないと、折角向上してきた経済成長力などが一瞬にして削がれてしまうため、防災、減災は重要。1980~99年の間の、災害のGDPへのインパクトをみると、最貧国で13%(1回当たり平均)、中には1回の台風でGDPの100%以上のインパクトがあった例もあり、影響の大きさは無視できない。
1990年代から防災にスポットが当たるようになってきた。1990~99年は、国際防災の10年とされ、第1回国連防災世界会議が横浜、第2回が神戸、第3回が仙台で開催されるなど、特に日本政府が力を入れている分野。その後、国際機関も防災に注力するようになり、ISDR(国際防災戦略、GFDRRのカウンターパート、ジュネーブ拠点)が設立した。また、第2回国連防災世界会議(於神戸、2005年)でHFA(Hyogo Framework for Action)が採択され、10年に渡って実行。成果を踏まえ、今年の第3回会議(於仙台)で、2030年までの計画が採択されたところ。今年はCOP21も控え、今後国際社会としてどう動いていくかの指針が出る大事な年である。
世銀の動きとしては、2005年の神戸会議の後に、世銀グループ・トラストファンドとして独自のドナーをもつGFDRRが設立された。GFDRRでは、プロジェクト実装は行わず、世銀のプロジェクトに防災の視点を組み込むべく、ファンドを使っての支援と技術協力を中心に、防災の主流化を目指して活動している。2006年に設立されて以降、約350億ドルを拠出してきた。
2014年には、開発における防災主流化の加速を目的に、日本政府支援によって東京防災ハブが世銀内に設立された。100億円のgrantを世銀のプロジェクトを通して分配。GFDRRがファンドを管理し、日本の知見を世界に提供もしている。
1980年から2000年代前半までの開発ファイナンスの内訳をみると、約2%が防災関係。更にその2%のうち、約70%が発災後対応、約25%が復興に割り当てられており、事前防災は3.6%にとどまっている。この数字は衝撃的なものであり、事前防災へのシフトが必要。私のチームは、事前防災、すなわち、どこでどれくらいの頻度でどういった災害が起きるのかという、自然側の理解(risk identification)を行っている。
被害の定量的な算定は1990年代までは殆ど行われていなかったが、現在はリスクモデリングの重要性が認識され、保険会社を中心にリスクモデリングが行われている。
リスクモデリングが出てくる前までは、防災は人道援助が中心防災対策に予算をつけるためには各国財務省も巻き込む必要がある。算出したリスクを用いて、国ごとにcountry disaster risk profileを作成し、国としての対策の必要性を示している。具体的には、どこでどういった災害があるのかという規模、頻度、資産の分布などを把握し、建物の価値、建て替えコストの算定、脆弱性モデルを作成。現在は被害が大きいといわれている国に対して優先的に作成中。
算定するリスクも、その後に何をしたいかによって時間軸が異なる。時間軸が短ければ短いほど、リアルタイムの観測データが必要なので難しくなる。殆どの国では観測設備が整っていないので、まず仕組みを整える必要がある。
データについても、透明性を高めて皆が使えるように取り組みを行っている。例えば、open street mapでは、衛星画像を用いながらどこに何があるかなどの情報を含んだマップを作成。その他にも、世銀も出資してGeonodeと呼ばれる空間情報データプラットフォームを開発している。データシステムの維持管理ができるキャパシティのある省庁を見つけ、管理してもらえるようにすることも持続性の観点から重視。世銀TTLがプロジェクトを行う際に、その国におけるリスクレベルが分かるような情報ツールTHORも現在開発している。
世銀と国連の防災面での役割分担については、ブレトンウッズの規約に従って、発災直後の人道援助は国連が行い、世銀は復興段階から入っていくという住み分けになっている。そのため、人道援助と復興の間にギャップがあり、協働があまりない状況。この状況を改善すべく、来年の5月に国連のhumanitarian summitの際にunderstanding riskという会議 (2年に一回)をback-to-backで開催して、橋渡しをやろうと計画している。とりあえずデータの共有からはじめようと国連人道問題調整事務所(OCHA)と話をしている。
【質疑応答】
Q. リスク分析をもとに防災対策を行う際には、お金があればリスクをいくらでも予算を積めると思うが、そうはいかない。リスクを認識して開発をするということか。
A. その通り。例えばインドとかでは津波のあと沿岸の居住を禁止したが、生活のための必要性があり、戻ってきてしまった。何かが起きた時に早期警報システムを作る、損壊した建物の建て替えのための保険を作るなど、いかに被害を減らせるかに取り組んでいる。
Q. 地図を作るということだったが、文化的に地図を作れないというところもあるなどの点での難しさはあるか。また、モデリングで民間企業が関わるとしたら保険業界だと思うが、世銀との協働はあるか。
A. 地図については、おっしゃる通り、軍事機密となっている国があり難しいところもある。しかし、これまで禁止されていたインドはオープンデータを作成するなど、ここ2~3年で変化はみられる。モデリングは(再)保険業界が引っ張っているが、彼らが使っているモデルは企業が開発して販売しているコマーシャルモデルなので、公開されていない。ブラックボックスのため、なぜその値がでるのか使っている人はわからないので困る。これまではそれしかなかったので使っているが、現在、透明性を確保できるオープンモデルが出てきている。
Q. あらゆる関係省庁がかかわってくる分野と思うが、途上国だと政府はどういう風に動くか。
A. 防災は多岐にわたる分野なので、その得意の分野の人が出てくる。まず、国家戦略を作るところから始める。また、非常に強い政治的リーダーシップの下に置くのが重要。一つの例として、エチオピアでは、防災部局は農業省の下にあったが、今は首相府の下に置いて、効果的な推進をできるようにしようという動きがある。
Q. 世銀内部での防災の主流化に向けた取り組みは何か。
A. 世銀の他のセクターの方との交流はまだまだ促進する余地がある。最近の大きな変化としては、IDAの全てのプロジェクトで、気候と防災に対するconsiderationが義務化している(Climate Change Screening Tool)。セーフガードの一つにいれるかどうかについては議論があったが、更に一つ追加するのはどうかということで見送った模様。世銀の内部向けのツールを作ったりすることで対応。
Q. 気候変動などでもそうだが、過去のデータを基にしてる限り、今後の変化については予測できず、結果がずれてくるはずだが、どのように対応しているのか。
A. モデルを作るときに不確実を含み、確率論的につくり、幅を持たせている。今後の曝露の変化を入れ込むのが一番難しく、人口増加に伴い、どこの人口が増えるかがわからないのでシナリオが沢山あり、モデル化するのが至難の業。なお、台風については、モデルによれば、数は減少し、巨大化する、また一つ一つのIntensityが増すというのが多くのモデルのコンセンサス。
Q. 一般の人によるレポーティングシステムはあるのか。
A. フィリピンなど途上国で観測のインフラがない国ではそういったシステムが存在する。また、インドネシアでは、1人3台も携帯を持っているので、SMSを使ったレポーティングの密度が高く、信頼性が高くて使えるデータとなっている。ジャカルタでは、洪水の際に、担当者が電話で報告して人為的にデータ収集している。途上国ではこうしたマニュアル収集の方がうまくいくのではないかと思っている。
Q. ハイテク系の企業と親和性があるかと思うが、保険会社以外で、何かしら協働しているところはあるのか。
A. 私はローカルなボランティアの技術者と課題解決するというようなことをやっている。企業の方は協賛してくれるが、協働しているケースは思いつかない。グーグルは、プラットフォーム(アースエンジン)を作っていて、大きな計算もできるし皆使っている。Mozilla(Firefoxの作成・運営会社)は、震災後、Mozilla Busを走らせ、通信局がダウンした際に、近くに行けばネットがつながるというサービスを提供したりとか、ホンダは発災後カーナビのデータをオープンにして、交通情報(道路の寸断の解析など)を発信したりしている。