【第33回ワークショップ議事録】
2015年3月2日(月)、発展途上国における電力システム構築の専門家で、株式会社デジタルグリッドの経営企画室長・NPO soket共同代表としてご活躍なさっている新井元行さんをプレゼンターに迎え、「最新テクノロジーと地域経済開発: あるべき電力システムと、その社会実装」をテーマに、第33回ワークショップが開催されました。アフリカやアジアでの事例をもとに、電力システムと地域経済・コミュニティ開発との関わりについてについてご紹介いただく共に、参加者のみなさんとのディスカッションがおこなわれました。
【テーマ】
「最新テクノロジーと地域経済開発:あるべき電力システムと、その社会実装」
100年もの間、大きな変化がなかった電力システムにも、再生可能エネルギー、蓄電池、情報通信等技術の発展によりイノベーションが起きつつあります。これら要素技術を統合し、電力のインターネット化を実現する「デジタルグリッド」は、従来のトップダウン型の電力供給ではなく、ネットワーク型の電力融通を可能にします。この最新テクノロジー導入によって電力の価値が変わるとき、地域経済・コミュニティ開発はどう変わるのか、あるべき電力システムとはどのようなものか、また民間資本やコミュニティの力を活かしてそれらをどう実現していくのか、株式会社デジタルグリッドが進めるケニアでの電化事業、ラオスと福島県郡山での提案活動を事例に、参加者のみなさんと考えていきたいと思います。
【プレゼンター略歴】
新井元行(あらいもとゆき)
2004年同志社大学大学院機械工学専攻修了。米系コンサルティングファームにて技術戦略策定、研究開発管理の改革、企業ガバナンス向上等のプロジェクトに従事。在職中に東京大学大学院技術経営戦略学専攻に入学、エネルギー経済とリスクマネジメントの研究を進め、2012年に開発途上国の電力システム構築をテーマに博士(工学)を取得。以降、東京大学のプロジェクトコーディネーションを受託し、サウジアラビア政府の再生可能エネルギー導入支援のための共同研究や、国際入札のための産学連携・提案・交渉活動をリードしている。その傍ら、2014年から東大発ベンチャーである株式会社デジタルグリッドの経営企画室長として、アジア圏における電力ビジネスの戦略策定・事業開発も進めている。NPO soket共同代表。
【プレゼンテーション】
1.2011年の地震からの学び
- 2011年3月12日地震当日は東北以外も含め約400万人の人が、電気が使えなくなり、この状態が半月程続いた。安全性に関わる技術面で優れているはずの日本でこの事故が起こったことで、世界的に関心が高まった。
- 停電が発生し、その後も計画停電が長引いた理由としては(1)効率性を重視し、大規模電源からのツリー構造による電力供給システムを作ってきたため、上流がだめになると紐づく下流が全てだめになる(大型化集約化の問題)(2)他の地域から電力を輸送するためのパイプラインが細すぎた(普段から他地域との電力融通を想定して作られていない)(3)運用面から見れば、マーケットが地域独占されていることにより想定外のことが起きたときの広域協力体制が機能しなかったという3点があげられる。
2.解決策としてのデジタルグリッド
- 解決策としては(1)電力供給システムを多地点間で相互に電力のやりとりができるようなネットワーク構造へシフトする(2)エネルギーの蓄電と再生可能エネルギーによる発電を含んだ小規模分散型にする(大きなところでの集約ではなく、同じ機能のリスク分散を進めていく)(3)末端の需要家がプロシューマー(プロデューサーとコンシューマーの役割を同時に担う)になり電気の取引をすることでそもそもの市場を変える(インターネットと同じことをエネルギーでする)ということが考えられる。
- デジタルグリッドでは、セル(電気の需要家、発電機能、蓄電機能のかたまり)によって構成されるネットワーク型のシステムにより電力のやりとりする、というコンセプトを考えられている。それぞれのセルがエネルギーを蓄電すると共に、複数のセルから多様な電源ソース(太陽光、地熱等)の電気を受け取れるようになっており、プロシューマーがそれぞれ電気の取引をする。地域の結び付きの中で取引をして行く事により、大型の電源に集約的に依存することがなくなる。
- 現在の再生可能エネルギーと分散化技術を用いれば、従来の総括原価方式とは異なるしくみでの値付けが行われる可能性がある。デジタルグリッドでは市場の取引の中で電力価格が決まっていくので、(日本では価格上昇の可能性もあり、国ごとにも異なってくるものの)適正価格となりやすい。
- デジタルグリッドの技術として一番のキーは、インターネットにおけるルータのようなものをおくこと。重要な持つべき機能としては(1)直流と交流の変換を自由にできるような機能(電圧や周波数が違う電気をとりあえずセルごとに作り、後からハブとしてつなげる)(2)インターネットと同様に、電力をパケットのように扱い、IPアドレスを付けて電気を交換することができる機能が挙げられる。これまでは電力の需給バランスを取るために、周波数が一定に保たれるように全体をコントロールしていたが、これを個別制御できるようになる。水に例えれば、いろいろな蛇口から注がれ、多数の排水口から流れ出るプール水面の高さを一定に保つようにコントロールしていたのが、個別の蛇口と排水口を認識して電力を消費している人たちを把握し、この人にこの分量の水を届けるということが可能になる。
- デジタルグリッドのルータに関しては、2012年にMark I 、2013年にMark II と発展していき、アメリカのEPRIから動作に関わる高評価を得ている。2015年3月現在では、より小さくパワーがあるMark IIIができているが、薩摩川内にある実証サイトで実際に屋内に入れて実証研究中。
- デジタルグリッドを使うメリットとしては:
- 社会(政府やコミュニティ)にとっては、(a) 現在のシステムでは、せいぜい20−30%程度しか導入できていない再生可能エネルギーをさらに入れることができるようになる(個別のセルが蓄電の能力を持ち、複数地点の余剰/不足の調整ルートを持つことで、需給調整力が向上する)(b) 電力の取引市場によって電力の価格を適正化し、社会的余剰を最大限に活用することができる。
- 電力を実際に供給する発電者などにとっては、セル同士の接続の自由度が上がることにより、そのときに最も適した技術を選択でき、コスト低減が見込まれる。特に開発途上国にとっては。また、需給逼迫時に備えた余計な待機電源を持つ必要がなくなり、コストも低くなるのでメリットが多い。
- 個人、産業などのユーザーにとっては、(a) 災害があったときのバックアップ電源、(b) 多数のプロシューマーが、新しい電力ネットワークを使い色々なサービスを作り出すことができるようになる。細やかなデマンドレスポンス(アメリカ)などがシステムによってできるようになる。
(質問)
- ツリー構造は世界的に採用されているのか?―現在では代替技術がないので世界的にこのツリー構造となっている。
- 地理的にいうとデジタルグリッドはどれくらいの広さか?―セルの大きさは、家一軒から都市レベル、あるいはそれ以上でもいけるが、隣村(何キロ)とを結ぶとかのイメージ。配電網がコスト的にペイすればいくらでも広げられる。
- ルータは誰が管理/所有するのか?―所有権としては、3つある(1)デジタルグリッドの会社のほうがもって、リースをする。(2)ユーザー(コミュニティレベル)セルの人達が共同所有する。例えばマンションで一つのバッテリーを管理する。できる限り細分化して持ってもらう。もしくは(3)リース会社に全部売ってしまう。
- バッテリーはどれくらいの大きさなのか?―現在は1kWh位のものを想定している(NECとかが出そうとしている)。
- ネットワークと違い電気のロスはあるのか、また蓄電した電気を輸出できるか?―電気のロスはある。輸出に関しては、技術的には問題ないので、蓄電池の容量とコスト次第でペイするものであれば成立するはず。
- デジタルグリッドは再生可能エネルギーを促進するための取り組みではないのか?―再生可能エネルギー促進のための技術であるが、その地域によって適した電源は異なるので、採用される電源は必ずしも再生可能エネルギーではない。条件によってはディーゼル等も排除しない。
- ルータのコストと出力はどれくらいなのか?―実証段階で使っているものは、5キロワットで何十万位(一家庭分位)。前述のサイズに合わせ、家の入り口、家の中、コミュニティレベルの入り口、村の入り口などに付ける事ができる。
3.デジタルグリッドのビジネスでの活用
- デジタルグリッドのビジネスでの活用としては、(1)on-grid solution(先進国版)、(2)weak-grid solution(人口密度のある新興国版)、(3)off-grid solution(ケニア等)があるが、今回のセミナーでは、ビジネスとしてスタートしているケニアの事例を紹介。
ケニアの事例
- 世界の電気のない18%の人々うち半分近くはサブサハラに住んでいる。明かりを得るためにケロシンランプ等を使用している。携帯は普及しているが、モバイルチャージステーションなし。人口密度も少なく、コストの面で電線を引っ張るのは難しい。
- マイクログリッド、ソーラーホームシステム、ソーラーランタンなどの解決策が提供されているがランニングコスト、人件費、イニシャルコスト、売り上げをどういう風にあげていくか、遠隔でのコントロールをどうするか等課題は多い。
- 解決策として、Wasshaというビジネスを始めている。農村部でやる気のあるキオスクオーナーを見つけ、無償でスタートキットを渡し(キオスクの上におくソーラーパネル、チャージャー、チャージャーをコントロールできるアンドロイドアプリ付きのスマートフォン、バッテリー)、オーナーにビジネスのオーナシップを持ってもらうフランチャイズ形式を取っている。チャージャーには30個ほどのusbポートがついていて、お客さんが携帯電話、ランタン、ラジオ等をチャージできるようになっている。
- システムとしては、キオスクがその日売る予定のairwatt(電力販売量の単位)をモバイルマネーによって買い、買った分の電力をバッテリーからチャージャーを通してランタンなどに供給する。充電した機器(ランタン、ラジオ等)をレンタルすることによって利益がでるようになっている。このモバイルマネーを利用したプリペイド方式での料金回収により、遠隔地での分散インフラビジネスを低リスクで行うことができるようになった。
- 実際に何が現場で起こっているのかのモニタリングは日本でやっている。現場のスマートフォン経由で情報を日本のクラウドのデータベースに飛ばし、キオスクの発電量、バッテリーの残量、売上がみえるようになっている(同じものがケニアのヘッドオフィスからも確認できる)。それぞれの店舗の売り上げ、発電量もデータで見えるようになっている。
- 現在は16店舗ほどの展開。個別の店舗の売り上げは当初目標どおりにはいっていないが、うまくいきはじめているところ。スマートフォンが普及しているアフリカでこそ機能するというビジネス。
- ルータと似たようなことができるのがチャージャー。バッテリーのコントロールなどができるのでゆくゆくはネットワーク構造につながっていく可能性がある。
【質疑応答】
- スマートフォンでお金が送金されているのを確認してからチャージャーから電気が供給されるということか?―その通り。アフリカの通信会社のairtellと提携していて、携帯にチャージされている金額が送られていていることをリアルタイムで確認できたら、チャージャーをアンロックして電気を供給する。基本的にはプリペイドシステムとなっている。
- 競合するオプションがある中で、オーナーにどれくらい利益があるのか比較してプレゼンしているのか?オーナーにとってリスクはあるのか?―競合する商品は燃料系の商品であり、オーナーも燃料を売っているオーナーがほとんどである。石油価格が安いため、なかなか上手くいきにくい。これだけに依存しているビジネスはあまりない。燃料系の商品を扱っているオーナー以外にも声をかけていく予定。リスクに関しては、自分で売り上げを設定して売り上げを達成するので、基本的にはオーナー次第である。
- どれくらいの人数がこのサービスを使っているのか?―ひとつのキオスクあたり多くて何十人のレベル。そこのばらつきが多く、売り上げの計画が立ちにくい。オーナーから逆提案型で計画を出してもらっている。
- 地域経済開発に携帯へのチャージがどの程度寄与するのか?―電気だけだとビジネスとして成立しづらいが、この事業の強みとしては、キヨスクコーナーとのネットワークがあることと通信手段を持っているということ。運送会社と組むと流通のほうもできるのではないかと現在考えており、地域の経済開発も意識しはじめている。
- 発電量については、日射量による差がでるが、キオスクコーナーの人が損をするのか会社がくうのか?―現在は両方とも割をくう状況。電力不足に関しては、バッテリーを増やしたり、パネルを増やしたりすることで解決することを検討しており、今のところ売り渋りをするということはない。
- 電力のワットアワーの値段はどれくらいか?―1キロワット当たり5〜10円程度。系統で引っ張るよりもまたケロシンランプよりも安くしている。
- 途上国での潮流としては、ナショナルグリッドと分散型の太陽光というのがはやりになっている。いずれかの所でこの2つがデジタルグリッドによってつなげられるのでは?一方で今すぐという時には、人口密度が薄いところ、ワットアワーが圧倒的に足りないところでは、デジタルグリッドの本筋ではないところのキオスクのモデルくらいしか考えられないというところ。ただ、アフリカでは接続料が高いので、それを取らない代わりにアワー当たりの値段を10円以上とってもいいのではないか?