ワシントンDC開発フォーラム
DC Development Forum


国際開発ジャーナル2002年6月号寄稿

米国の新開発援助イニシアティヴが意味するもの

在米国日本大使館一等書記官・経済協力担当
紀谷 昌彦

  モンテレイでの開発資金国際会議の開催が4日後に迫る3月14日、ブッシュ大統領はワシントンDCの米州開発銀行本部での演説で、米国の開発援助を今後3年間で50億ドル増額する旨を発表した。この突然の発表は、世界の開発関係者を大いに驚かせるとともに、モンテレイ会議およびそれ以後の開発援助論議の様相を一変させることとなった。本稿では、今般の米国開発援助大幅増に至る背景、発表の概要、そして今後に向けての意味合いを説明したい。

開発援助拡大の背景
 昨年9月11日のテロ事件を受けて、米国はテロに対する闘いを多正面で強力に展開することとなったが、これは貧困問題に対する米国の認識と政策に影響を与えた。本年に入って議会に提出された2003年度(2002年10月から1年間)の予算案が、開発援助予算の10%増をすでに打ち出していたのはこの表れである。そして、3月14日のブッシュ大統領演説では、貧困自体がテロを生み出すものではなく、実際9月11日のテロ首謀者の多くは豊かであったが、アフガニスタンのような貧困国はテロリズムの庇護地(havens for terror)となり得るとのロジックを提示した。これは、貧困問題への対応を米国の安全保障上の利益と明確に結びつけたものであり、世論や議会への強い説得力を持つ。

 また、ブッシュ大統領が、メキシコのフォックス大統領との首脳同士の関係もあってモンテレイ会議への出席を決めたことも要素として作用した。経済分野の国連会議への米国大統領の出席は通常困難であるが、今般の会議がメキシコで開催されることも勘案してブッシュ大統領の出席が決まり、その結果「成果」が必要との配慮につながったという側面も否定できない。

 内容面については、ブッシュ新政権のスタイルである計測可能な成果重視主義が背景として指摘できる。これは、米国内の教育政策に見られるほか、開発分野でも米国は国際開発協会(IDA)増資交渉の場で成果に応じた資金配分を主張している。また、援助フローのみならず貿易・投資フロー及びそれを促進する諸環境も重要という認識が近年米国内で強まってきていることも、今回の発表内容に影響している。

新イニシアティブの概要
 以上の流れの中で、3月14日にブッシュ大統領は、開発援助の今後3年間での50億ドル増を発表し、翌週のモンテレイでの国務省記者ブリーフおよび22日のブッシュ大統領演説で、これが年額50億ドル増(米国の開発援助予算の約50%増)を意味する旨が明確化された。ブッシュ大統領の出席を念頭に置いて援助増の方向性は検討されていたものの、額自体はホワイトハウスや閣僚レベルからのトップダウンで決められた趣である。

 このイニシアティヴは、「開発のための新たな約束(a new compact for development)」と名付けられた。その主要点は次の通りである。
(1) 今後3年度内(2004年度から2006年度まで)に、米国の開発援助を(年額)50%増額し、最終的に年額50億ドル増の水準に到達させる。
(2) この増額分は、「ミレニアム挑戦会計(Millennium Challenge Account)」という新たな特別会計とされ、グッドガバナンス、人材育成(保健・教育)、健全な経済政策という三分野での強いコミットメントを示した途上国に配分される。国務長官と財務長官は、国際社会と対話しつつ、これら三分野での進展を測る、明確で具体的かつ客観的な基準を作成する(基準作成の時期は明示されていないが、2004年度予算案作成が本格化する本年秋までにはある程度の骨格が固まるものと思われる)。

日本にとっての意味合い
 この新開発援助イニシアティヴは、対GNP比でDAC加盟国中最低水準である米国のODA増額を表明するものであり、長年待ち望まれていたものとして、これを歓迎しつつ実現を促すことが、まずは重要と思われる。

 その一方で、今後の具体的な基準の作成と実際の運用によっては、米国が一方的(unilateral)なスタンスを取る余地も残されている。せっかくの援助増が、途上国のオーナーシップの尊重など開発の観点から真に活かされるよう、わが国としても対話・貢献を行っていくことが望ましい。

 また、今回の米国の方針は、成績の良い国(good performers)を支援するとのメッセージを明確に打ち出したという意味で、援助アプローチのあり方を考えさせるものである。従来枠の予算は成績の悪い国(poor performers)にも振り向けることはできるようにはなっているものの、途上国に改革・改善のインセンティブを与えるための一つの新たな試みといえよう。

 最後に、米国(さらには欧州)の援助が増加する一方で、日本の援助が減少傾向にあるが、これをもって日本が開発問題についてリーダーシップを取ることをためらう必要がないことを強調したい。日本は世界的な援助疲れのなかで長年牽引役を果たしてきており、依然として主要ドナーの地位にある。援助額の増加の代わりに質や内容の改善によりイニシアティブを打ち出す方途もある。また、今般の米国の方針にしても、途上国自身の良い政策こそ重要と主張している点が特記される。日本として、今後とも主要ドナーの地位と独自の知見を活用して、途上国の開発実現に向けて付加価値を積極的に示していくことが望まれる。

(本稿の内容はあくまで筆者の個人的な見解であり、日本政府の立場を述べたものではない。本稿に関するご質問・ご意見等は電子メール(kiya@kiya.net)をいただければ可能な限りお答えしたい。)