国際開発ジャーナル2002年9月号寄稿 |
「ワシントンDC開発フォーラム」リレー連載 開発における日本の知的貢献のあり方 |
世界銀行・資源動員協調融資担当副総裁 日下部 元雄(くさかべ・もとお) 現在、世銀で各種の低金利・無償の資金をドナーから調達し、途上国の社会開発などのプログラムに提供する事業を行っている。この関連で日本の公的機関、NGO、コンサルティング業界との対話などを通じて日本の途上国に対する知的貢献のあり方を考える。 過去の経験に学ぶ 戦後50年間、援助は東アジアにみられるいくつかの成功例をもたらしたが、同時に失敗も経験し、途上国の貧困問題の解決は途半ばである。世銀は、これらの失敗から新たな貧困削減の戦略を学び取る過程にあり、世銀の開発に対する戦略は最近5年間で大きな変化を遂げている。 反省点の第一は、援助が途上国の政策に有効なインパクトを与えられなかったことである。輸入代替型の産業政策、財政赤字の拡大、価格や為替レートの歪み、過剰な政府介入、ガバナンスの問題など途上国は依然として問題を抱えている。実証分析によれば、政策が適切でない国への援助は成長や貧困削減の効果が少なく、また、政府自身に政策改革へのオーナーシップが無い場合には外からの圧力で政策を変えることは非常に難しいことが指摘されている。 第二の反省点は、従来の援助は受益者の参加や現地の実情把握が十分でなく、援助が総合的な視点や住民のインセンティブに対する配慮に欠けていたことにある。 これらの反省を踏まえ、途上国各層の参加とオーナーシップに基づいて長期的な成長と貧困削減計画(PRSP)を作るアプローチが進められている。PRSPのプロセスはなお改善すべき点も多いが、日本などの主要なドナーが参加することで、より幅広い効果的な開発戦略が期待されている。 PRSPは、援助の効果を高めるため、現場の受益者の意見を捉える参加型の分析手法や総合的なインパクト分析を取り入れるなど、途上国と共に貧困削減の処方箋を考える過程を重視している。これからの援助は量よりも政策改革やプロジェクトの質を高めるための知的貢献がカギとなる。この点は、途上国の世銀に対する需要を見ても明らかである。ASEANや中南米などの中進国は、公的機関の規制緩和、公的サービスに対する民間活力の導入、資本市場育成などのためのアドバイスを求めており、低所得国は、PRSPを中心とした全体的な貧困戦略やセクター別戦略策定や公的部門のキャパシティ・ビルディングなどを求めている。なお、日本の世銀に対する低利資金・信託基金の拠出は、このようなニーズに答え、政策改革を促進し、途上国から評価されている。 日本の知的貢献の質を高める それでは、日本の援助はどうあるべきか。今の日本の援助構造はプロジェクトが中心で、知的貢献が主体ではない。これを大きく変えなければ日本の援助の知的貢献は育っていかないのではないかと危惧している。 これからの援助は、まず開発戦略における処方箋の作成に積極的なプレーヤーとして参加することが一番大事である。これは途上国政府・援助国の双方が参加するPRSPという国際的なプロセスであり、このなかで日本が積極的に知的貢献できない限り、日本の援助は相手国・国際社会から正当に評価されないこととなる。このような国別開発戦略を踏まえて個別の機関が援助プログラムを策定し、決定する。その具体的内容は政策改革やキャパシティ・ビルディング支援など知的支援が中心となる。プロジェクトはそのような大きなプログラムの一環として位置づけられたもののみを実施する。そして、開発の成果に基づく評価を行う。 知的支援の担い手としては、政府省庁、援助機関、大学、研究機関、NGO、コンサルティング会社、個人と数多くあるが、それぞれが制約を抱えている。まずは政策分析、国別戦略などに携わる時間的余裕のある人がいないこと、ローテーションが頻繁に行われ、専門家を育てる人事制度が整備されていないこと、被援助国の現場をサポートするシステムが整っていないことなどである。 総合的な知的支援システム 日本がより積極的に知的支援を行っていくためには、総合的な知的支援システムが必要である。今の組織の枠を越えた、官庁、学界、NGO、コンサルティング業界の緩いネットワークを築くことが望ましい。これらの機関から30人程度の若手専門家のグループを作り、開発戦略を徹底的に討論し、分析ツールを共有化し、チーム・ビルディングを行う。国際的なセミナーにも集中的に出席する。研修期間終了後も、アジアなどのPRSPへの参加・貢献が継続できるようにしていく。 内容的には、今後、PRSP,国別援助戦略策定の基礎となる各種の参加型分析ツールの開発など新しい政策分野へフォーカスすることが重要である。具体的には、参加型貧困分析、公共支出分析、財務管理分析、貧困・社会・政策効果分析、金融セクター分析計画などのコアになる分析手法をマスターして現地で適用できるようにしていく。 この知的ネットワークは、単に自分たちの能力向上のみならず、日本・途上国援助関係者の支援システムの構築をめざす。このための実証研究の体系的紹介、ベストプラクティス、ケーススタディー、分析ツール・キット、統計・データなどを整備する必要がある。 このような知識の体系化は、現在、グローバル・スタンダードとなっている政策・開発戦略の方向を踏まえつつ、途上国の発展段階、社会、文化に配慮した多様な対応を可能とすることが望ましい。日本の援助政策の特色として現地事情をよく把握し、それに応じた処方箋を書くというプロセスを確立する。また、民間企業、地方自治体による幅広い知的支援の経験も収集・体系化していく必要がある。しかし、必ずしも日本や東アジアの経験に限定する必要はなく、世界のケーススタディーを集め分析し、発信する。 今このようなシステムづくりを目指し、世銀も協力できる分野を見出すため、日本の各種機関との話し合いが始まろうとしている。 (文中、意見に渡る部分は個人の見解であり、世銀、ワシントンDC開発フォーラムの立場を述べたものではない。) |