ワシントンDC開発フォーラム
DC Development Forum


国際開発ジャーナル2002年10月号寄稿

「PRSPアプローチの役割と日本の貢献」

国際通貨基金(IMF)財政局審議役
緒方健太郎(おがた・けんたろう)

世銀・IMFが低所得国の貧困問題に対処する新たアプローチとして採用してから約3年、PRSPアプローチは低所得国の開発戦略策定の支柱として定着しつつある。一方、その妥当性、有効性に関する疑問も多く提示されてきてもいる。我が国は、PRSPアプローチを対象国の状況に即した開発戦略を策定する手続きとして有効に機能させるのに最も貢献できるのではないか。

PRSPアプローチの限界

低所得国開発の決め手のように思われるPRSPアプローチであるが、以下のような一般的な限界がある。
1点目は、未だ発展途上であること。同アプローチは、過去の知識・経験に基づき、低所得国の開発戦略策定にあたっては、貧困を保健・教育を含む包括的な問題としてとらえ、長期的な視点から、貧困削減に与える効果に重点をおき、関係者の広範な参加を通じ、対象国自らが策定することが最善であろうとの考えに基づいている。しかし、導入後2年半のレビューの結果、多くの改善の余地があることが認められている。
2点目は、より良い開発政策の策定・実施に向けた新たな手続きの提案であって、開発戦略自体への明確な指針ではないこと。世銀・IMFは、低所得国の開発政策の要素として、良好な投資環境の整備と、貧困層への投資・能力付与(エンパワメント)の2点の重要性を指摘してはいる。しかし、異論が無いのは、維持可能な貧困削減に持続的成長が不可欠である点、成長する際には貧困層の成長への参加が重要である点だけであり、貧困層への投資・能力付与が成長に寄与するか、投資環境の整備と貧困削減との間でどう資源配分すべきか、といった点は明確になっていない。

対象国の状況に即した戦略

このような限界を踏まえれば、PRSPアプローチを最大限に活用しても、有効な開発戦略が自動的に決まるわけではないことが分かる。むしろ、開発戦略が拡散してしまう恐れすらある。幅広い関係者が参加して多様な政策オプションを議論することは重要だが、最終的なPRSPにあらゆる政策が羅列されるなら意味はない。PRSPが戦略としての役割・有効性を持つためには、対象国の置かれた状況に応じた政策の優先順位・実施順番の決定が必須である。例えば、以下のように大雑把な分類をするだけでPRSPの重点付けの重要性が理解できよう。

まず、紛争当事国のように最低限の安定が確立されていない国は、政治・民生の安定が優先課題であり、その間の援助は復興支援や人道的援助に限定される。PRSPアプローチの役割も、NGO等の広範な参加の確保や直接的な貧困削減分野に限定されよう。

次に、対外信頼が損なわれ、近い将来に民間資金の流入が期待できない国は、地道な政策実施を積み重ね、信頼を回復することが優先課題である。典型的なのはHIPCイニシアティブ適用国であるが、資金流入が期待できないことに加え、政府のガバナンスに対する信頼が低い、債務削減により国際機関を含む全ての債権者の貢献からなる資金プールが存在する、という大きな特徴がある。したがって、PRSPにも、広範な参加により政府のガバナンスを補いつつ、資金を国際機関・二国間ドナー等が共同管理・モニターし、民間資金を前提としない貧困削減分野に有効に配分していくことが求められる。

他方、それ以外の国は、政策遂行能力や動員可能な資金量の範囲内で、優先順位に基づく政策の取捨選択、特に、保健・教育等への支出とインフラ等の投資環境整備との間の資源配分、及び、実施順番の決定を行うことが重要になってくる。PRSPも、オーナーシップ強化を通じた実効性確保に加え、ドナー間の協調、個々のプロジェクトとマクロ政策との整合性確保といった、難しい問題に対処することが期待されることになろう。

さらに、成長が可能な最低限の要素が揃ってきている国は、いかに貧困層が参加する成長を達成するかが優先課題となってくる。PRSPの役割としても、貧困層への投資・エンパワメント、政策実施段階も含めた幅広い参加が重要となるだろう。

我が国の貢献

現在、完全なPRSPを策定したのはHIPC適用国がほとんどであり、PRSPは直接的な貧困削減重視との印象が強い。しかし、資金流入や経済成長をより直接視野に入れ得る国がPRSPを策定し始めれば(ベトナムが嚆矢となった)、PRSPも変化せざるを得ない。我が国の開発援助も、これを前提にPRSPアプローチの文脈で再定義し、また、学べる部分は学び自己改革することを通じ、その有効性を確保していかなければならない。

さらに、より積極的な関与も期待される。政策のコスト、貧困・社会に与える影響、実施順序による効果の違い等の研究に貢献し、対象国が政策の優先順位・実施順番の決定を通じて有効な開発戦略を策定するのを支援してはどうか。我が国が現地のニーズを的確にとらえた開発計画の企画・立案を強みとするのであれば、対象国の状況に即した開発戦略を策定する手続きとしてPRSPアプローチを有効に機能させるのに最も貢献できるのではないだろうか。

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