国際開発ジャーナル2003年2月号寄稿 |
開発における統計の役割 −PARIS21、世銀そして日本の視点から |
世界銀行経済開発統計局PARIS21調整官 ハリソン 牧子 昨今、統計に関する認識が高まっており、PARIS21は、世界銀行、国際通貨基金(IMF)、国連、欧州連合(EU)、経済協力開発機構(OECD)が、それまで個々に行っていた統計キャパシティービルディングを向上させる援助を、無駄を省き、補完し合って協力して行うために1999年末に発足した。現在、世界各国740以上の政府、国際機関、各分野の専門機関、プライベートセクター、教育機関で構成される大規模な国際コンソーシアムに成長している。 開発における統計の役割とPARIS21の役割、今後の課題について報告する。 新たに生じたチャンス PRSP1 に限らないが、国がリーダーシップをとって開発している戦略的な貧困削減計画には必ず「モニタリングと評価」という章が入っている。モニタリングは透明度・信用度の基礎であり、また、最も効率的な資源の配分を可能にする。従って、国のリクワイアメントとしてモニターに必要なデータが生産できるような統計のシステムがなければならないということになる。 ミレニアム開発目標(MDGs)は、国際的な協議に基づいて191カ国147人の国家元首が合意しサインしたゴールであり、これを国際レベルで長期的開発目標として進展させていこうという動きが起こっている。そのなかで、国レベルですでにどの程度のデータが存在しているのか、MDGsをモニターするためそのほかにどのようなデータが必要であるかを知ることが重要となった。昨年3月に行われたモンテレイの国連開発資金国際会議ではインプットだけでなく援助の実効性、結果を重視しようという合意が生まれ、国の統計システムに信頼できるデータを出させることに結びついている。 国レベル、国際レベルで統計システムがどのように働いているのか、それを簡単な図で示した(図参照)。世銀データ、国連データもほとんどが国レベルで集められている。官庁、統計局、中央銀行などで集められたデータをまとめるのが国の統計局であり、これがさまざまなプロセスを通して国際レベルで用いられる。その際、国際比較できるよう標準化するシステムの構築とアウトプットの製作が不可欠であり、これが国連、IMF、世銀などの国際機関の役割である。こうしたプロセスを経て生み出されされたデータは各国内の政策形成、モニタリング、そして国際レベルで援助の効果を評価していくために用いられる。 世銀は多様な角度から統計に関する援助を行っている。たとえば国連、IMFとともに国際レベルで通用し、信頼できるとされるデータフレームワークを作成したり、またデータを加工して頒布したりもする。世銀独自のプロジェクトのなかにも、統計キャパシティービルディングの要素を含んだものが、まだ十分とは言えないがある。統計キャパシティービルディングのための信託基金も運用している。 MDGsのなかで統計の質を向上させるには、貧困削減に活用できるようなタイムリーなデータが必要となる。そのためには優先順位が明確であり、長期的視野に基づき、最終的には政府予算でサポートできるようにするプランが求められる。国がドナーのプロジェクトに振り回されることがないようにするためにも、戦略的マスタープランの作成に特に力を貸している。また、最近の統計に関する意識の向上に伴ってキャパシティービルディングのための融資の手段(STATCAP)もつくられた。そのほかにも、世銀はデータの収集、分析、蓄積、頒布のための統計ツールを提供したり、PARIS21を通してほかの援助機関と協力する形の援助も行っている。 日本の貢献 まず、世銀を例にとると信託基金を通してかなりの額がグラントとして出されている。日本とオランダが共同で出しているPRSPファンドは過去1年で1億7,500万ドルに上る。これについてはモニタリング評価が条件になるので、必然的にPRSPファンドのプロジェクトには統計キャパシティービルディングの要素が入る。また、日本が拠出している開発政策・人材育成(PHRD)基金も、今までに少なくとも12件ほど統計の要素を含んだプロジェクトがあり、合計4億400万ドル出資されている。今後も統計キャパシティービルディング要素を含んだプロジェクトが増えていくと思われる。 国際協力事業団(JICA)の技術協力も、援助範囲は世界中に渡り、これは日本の大きな貢献の一つである。JICAの統計キャパシティービルディングは統計調査、指標作成、研修から情報マネジメントにおけるサポートに至るまで幅広い。 日本はさらに、国連 Statistical Institute for Asia and the Pacific(UNSIAP)を通した各国統計局のスタッフの研修、IMFのGDDSプロジェクト2やPARIS21の本部に資金援助している。また、外務省の資料では、日本は毎年15人ほど統計専門家を世界中に派遣しており、これはコンスタントに続いている。 PARIS21の役割 PARIS21の役割は、端的にいえば「統計に対する意識の向上を貧困削減の動きに結びつけて促進する」ことである。途上国の統計システムには、統計を作る側と使う側(政策決定者、学者、メディアなど)がリンクされていないものが非常に多く、援助もバラバラに行われている。そのような場合、システムで作られるデータが貧困削減に役立つものとなっているかどうかをフォローアップする人が誰もいない。そこで、PARIS21の大きな目標の一つが、統計を作る側と使う側の両方を結んでギャップを埋めることである。 PARIS21は、そのための途上国政府への呼びかけ、統計システム改善ツールの開発、統計システム向上マスタープランの作成促進などを、国際協調の原則に基づいて地域ワークショップ、タスクチーム、ニュースレター、ウェブサイト、ビデオなどを用いて行っている。詳しくはウェブサイト(www.paris21.org)を見ていただきたい。 PARIS21は昨年11月初旬、マニラでASEAN10カ国のためのハイレベルフォーラム(ASEANフォーラム)をアジア開発銀行と合同で開催した。フォーラムでは、各国の実施している政策や計画に必要な統計としてどのようなものを作り出していくべきか、それに対して何が妨げになっているのかが論点となった。議論が集中したのは、統計の質、タイミング、有用性(レレバンス)などである。これらの問題には、良好なコミュニケーションとキャパシティービルディングでもって対応していくべきであるとされた。また、ユーザーフレンドリー度の問題も頻繁に指摘された。 課題としては、資金・人的資源の不足と、また統計局のスタッフには、統計に関する技術的能力だけでなく、政府とのコミュニケーションなどを通じて限られたリソースで役立つものを作り出していくマネジメント能力が求められることがあげられた。ドナーに関しては、各プロジェクトで出される報告書のフォーマットが統一されていないため、統計オフィサーが振り回されてしまう。そこでドナーの統計基準をそろえるだけでも効率的になるとの声が内部で高まっており、その作業をドナー間で現在進めている。 今後は、さらなる技術資金援助と、そのなかでどの部分により重きを置くのかを考えていくことが求められている。その一つが、途上国が国際的に合意された統計の作成、頒布、報告基準を達成することで、これは途上国自身のためにも、ドナー側の援助の有効性をたどるためにも必要となる。 次に、ドナー協調の促進と、これを長期的視野に基づくマスタープランに即して行うこと。また、そのような統計キャパシティービルディングの需要が途上国から出てくることが大切だ。どんなにドナーが助言しても途上国政府が統計局に予算を割り振らないと、持続的なキャパシティービルディングができない。途上国の需要をどう高めるかが課題である。さらに、統計局スタッフのエンパワーメント。スタッフが、何が必要で何が有用かを理解し、それを財務省に伝えることができるということ。また、それにも関係するが、セルフヘルプの意識。ドナーの技術援助があればやるという意識を改め、援助は国の予算を補完するものではないという態度でキャパシティービルディングを進める必要がある。 日本の援助の可能性 海外援助に関する予算が縮小されるなか、いかに現存するリソースを有効に活用するかがカギである。その一つとして、人材派遣がもっと活用されるべきである。日本が出すお金の枠はかなりのもので、英国とは比較にならないほどだが、それでも英国国際開発省(DFID)はあちこちに人材を派遣していて、プレゼンスが非常に大きい。日本もワークショップや機関に出向の形で人材を派遣し、日本の貧困削減の全体的なビジョンを伝えることができれば効果的であると思う。派遣される人材は必ずしも統計の専門家でなくてもよい。重要なのは、その人たちが開発の分野で今何が大事で、そこに日本がどう組み込まれていくべきなのか、など全体を把握している開発の専門家であるということだ。日本政府はすでに毎年15人ほどの人材を統計分野で派遣しているが、これらの人材のタイプと使い方を柔軟にすることにより、違った効果を上げることができるのではないだろうか。 もう一つ、日本のビジョンを反映させるやり方として、日本の支援プロジェクトの内容に統計キャパシティービルディングの要素を入れることが考えられる。プロジェクトのなかには、長期的に見ると途上国の統計システムに役立たないものも含まれている。1回限りの統計調査を行うのではなく、それが途上国に知識として蓄積され、長期的に残っていくようなプロジェクトに変えていくことが重要である。 最後に、日本は戦後急速かつ本格的に統計キャパシティーを築いた国である。実際、これが戦後の経済社会政策・発展の基盤となった。この経験を国際社会に伝えるだけでもアドボカシーのツールになる。これからも、ワークショップなどの機会を利用してもっとアピールしていくべきだと思う。 1 Poverty Reduction Strategy Paper: 貧困削減戦略ペーパー。重債務貧困国(HIPCs)の債務救済問題に関連して、99年の世銀oIMF総会で発案され、合意された文書 2 各国の統計基準を国際的に設定しているのがGDDSで、その基準を満たすための技術協力 |