2002年12月特別寄稿

国際協力を“抱きしめて“

国際協力事業団
国内事業部長 湊 芳郎

 全国高等学校国際教育研究協議会の皆様には、日頃から当事業団の開発教育支援事業等に対し多大なご協力を賜りまして、誠にありがとうございます。本紙面を借りまして、心から御礼申し上げます。
 さて、当たり前のことですが、私は「何のために」国際協力を行うのか、様々な機会に尋ねられます。普段は国際社会における相互依存や地球的規模の課題への取り組み等々説明するのが常ですが、個人的には、日本国憲法前文の中に的確に謳われているのではないか、と思っています。目指すのは「全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する」こと。我々の裡には「国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ」願いが、程度の差はあれ、存在するということです。
 最近ある本に出会い、この思いが、より確固たるものに変わりました。既に読んでおられる方も多いと思いますが、ジョン・ダワーMIT教授の「敗北を抱きしめて」です。1945年の敗戦から占領軍が去るまで約7年間の日本を政治、経済、社会、文化あらゆる側面から調査・分析した書で、謳い文句には「勝者による上からの革命に、敗北を抱きしめながら民衆が力強く呼応したこの奇跡的な“敗北の物語”」とあります。
 敗戦後の不条理に満ちた混乱と貧困の中で、様々な苦難や屈折した思い、あるいはささやかな希望を抱いた日本人にとって、「平和のうちに生存する」ことは切実な願いであり、「いつの日か世界の中で、信頼され、尊敬されるような国(我々)に」との思いは、ある種の夢であり、渇望でもあったのではないかと改めて思いました。
 必死の努力で奇跡的な高度経済成長を成し遂げ、今日、困難な経済状況にあるとはいえ、日本は引き続き世界第2位の経済大国です。国際協力の面でも、一昨年まで10年間連続で世界のトップ・ドナーでした。しかし、国際社会から「名誉ある地位」を認められているとの実感を持つ人がどれだけいるでしょう。
 経済力あるいは援助額の重要性については言うまでもありません。しかし、一つの国あるいは国民が国際社会で信頼され、魅力ある存在と認められるには、具体的な指標で表される以外の要素、所謂ハード・パワーに対しソフト・パワーが必要ではないでしょうか。
 国や組織も煎じ詰めれば「人」で成り立っています。真に信頼と敬意を得る国際協力には、官民を問わず、また政策、実行、学術等々何れのステージであれ、能力、識見、熱意、人格など「魅力ある個人」が重層的かつ奥行きをもって形成されることが不可欠と、私は考えています。
 その意味で、世界に目を向けた人材を育む開発教育は、直ぐに効果は見えなくても極めて重要であり、長い間には決定的に日本の国際協力を変えていく大きな原動力になるものと確信しております。

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