世界週報4月29日号 |
「イラク戦で、成長1%減速も」 =世界経済先行きに重大懸念= 緊急単独会見―世銀総裁 |
聞き手=時事通信ワシントン支局 中野哲也 イラク戦が世界経済に暗い影を落とし始めた。米ケーブルテレビの戦場中継 が各国に中継され、投資・消費マインドは国境を越えて後退する。戦争はグローバ ル経済の隠れた弱点をあぶり出した。短期終結しても、巨額に上る戦後復興 費用が米国ばかりか、世界全体の経済成長を阻害しかねない。時事通信はこのほど 世界銀行のウォルフェンソン総裁との緊急単独会見に成功、イラク戦がもたら す経済的影響や北朝鮮問題、日本の開発援助政策などについて聞いた。 (インタビューは4月1日) イラク戦のショックは続く ―イラク戦が世界経済に及ぼす影響をどう見るか。 総裁 戦争が起きなくても、2003年の世界経済の成長が非常に緩やかな のは確実だと予想していた。日本はうまくいっていないし、米国や欧州の成長 率も1−2%程度だから、世界経済は決して力強くはなかった。それに加え、 (イラク戦が)2つの悪影響をもたらす。1つは原油価格の高騰だ。もう1つ は人々が投資や消費を控えるという環境にある。 戦争の継続期間によるが、(世界経済の成長を)0.5―1%程度押し下げ る衝撃がある。信頼感が回復され、人々が何らかの確実性をもって将来を考え られるようになるまで、重苦しい衝撃が続くのは明らかだ。戦争が長期化する ほど、人々がリスク・テイクを恐れる期間も長引き、経済観点からは悲観的に なる。 ―アフガニスタンと同様、世銀はイラクの戦後復興で主体的な役割を果たす のか。 総裁 各国が決定すべきことだ。いずれにしても、国連主導の形が必要にな る。その場合、世銀は役割を求められようが、現時点では要請はない。ただ、 準備しているし、国連とは協議を続けている。 イラクの国民1人当たり国内総生産(GDP)は1980年の3657ドル から、2001年には1184ドルに低下した。今回の戦争とは無関係の数字 だ。教育や保健などの分野が後退しており、課題は山積する。今、世銀に必要 なのは戦争の影響を精査することだ。 対イラク融資再開は難しくない ―イラクは世銀の加盟国だが。 総裁 イラクはデフォルト(債務不履行)状態にある。世銀への債務残高は820 0万ドル(約100億円)と多くはないが、完済されるまで融資はできない。 しかし、原油収入で賄える額だから、債務完済は比較的容易なはずだ。就任以 来、中東をはじめ100カ国以上を訪問したが、イラクには行ったことがな い。必要が生じれば、ある時点で喜んで訪れるつもりだ。 イラクと中東他地域との関係が非常に重要だ。典型的な例では、ヨルダンは 輸出の22%をイラクに向けながら、原油を購入している。運輸産業もイラク に3分の1を依存する。イラク戦の根底にある過激主義と原理主義という問題 から離れた、イラクを取り巻く現実を示す1つに過ぎない。 ―国連では米とフランス、ロシアが対立したが、世銀の運営に支障は生じな いのか。 総裁 世界の公僕が世銀総裁なら、(世銀への)出資国の間の問題を懸念す るのが記者だ。緊張があるのは確かだが、現時点では世銀への影響は直接な い。開発政策の基盤である米欧の歴史的関係が揺らぐようなら、懸念する必要 がある。それはここで議論すべきではなく、エビアン・サミット(6月1〜3日に予定される仏東部エビアンでの主要国首脳会議)の議題だろう。 北朝鮮への人道援助に前向き ―もう1つの世界の脅威として北朝鮮が指摘される。同国の将来の世銀加盟 をどう考えるか。 総裁 長い間、人道的観点から北朝鮮を懸念してきた。世銀の担当チームは 少人数でスタートした後、北朝鮮との関係構築に向けて同国で何が起きている のか、教育や健康、水、農業などの分野で何が必要なのか把握に努めてきた。 人道的援助が必要な国だと認識しているが、最終的な決定を下すのは政治だ。 ―過去には、国際通貨基金(IMF)・世銀は北朝鮮の総会オブザーバー参 加を検討したが。 総裁 北朝鮮がIMF・世銀総会に出席するかどうかは、世銀執行部が判断 することではなく、日本をはじめ各国政府が決めるべき問題だ。韓国の金大中 前大統領とは北朝鮮と関係構築が可能なのか緊密に検討したが、事態は一変し てしまった。しかし、世銀が参加を歓迎することを、北朝鮮には明確に知らせ ている。その理由は非常にシンプルだ。国民の多数が飢えて困窮するなら、人道的観点から(必要だ)ということだ。 途上国支援は日本の「国益」 ―吉村幸雄副総裁の東京事務所常駐を決めたのは、日本重視への政策変更な のか。 総裁 日本が長年、開発援助の最大貢献国で、非常に柔軟かつ誠実に世銀を 支えてきたことを理解する必要がある。現在、日本が経済的困難を抱えるのは 事実だから、どれぐらいの援助が可能なのか見直さなくてはならない。しか し、途上国は「市場」であり、その支援は慈善ではなく、日本の国益にかなう ものだ。 世銀にとって日本は引き続き非常に大切な国であり、吉村副総裁の常駐は大 変喜ばしいことだ。日本が財政的に厳しい時期だけに、世銀は日本からの支援 をいくら増やすかではなく、それを効率よく獲得することが一層重要だ。開発 援助関係の日本の省庁・機関とは従来以上に緊密に協力することになった。 ―新幹線や東名高速などのインフラ向け融資で、世銀は日本の高度成長を支 えた。一方、最近の世銀は貧困・飢餓の撲滅を目指す「ミレニアム開発目標 (MDG)」に集中するあまり、インフラ整備に熱心ではないように見える。 総裁 インフラ整備から決して撤退したわけではない。3〜5年前まで、民 間セクターから途上国のインフラに巨額のカネが流れ込み、水道施設や通信、 有料道路などが整備されていたのだ。しかし、今や民間からの資金流入は減少 に転じたため、各国政府や国際金融機関による資金供給が再び重視されるよう になった。世銀がそれに反対する理由は全くない。われわれがインフラ整備に復帰する余地がある。 ―日本の経済界からは「世銀からのビジネス受注は難しい」との不満を聞く が。 総裁 世銀の調達制度は完全に透明性を確保しており、入札企業が日本なの か、中国や米国なのかは関係ない。日本企業が受注できないなら、それは競争 力のある価格で入札していないからだ。 ―大成功を収めた投資銀行ビジネスから、途上国の開発援助に身を投じた理 由は。米連邦準備制度理事会(FRB)のグリーンスパン議長は自らの仕事を 「ピーナツを食べるように飽きない」と形容したことがあるが。 総裁 投資銀行家は企業の発展・成功が関心事だが、世銀総裁は各国の経済 成長に加え、貧困や社会的正義といった根源的な問題に関心を払う。今の仕事 は民間セクターに比べて著しく重要だと言わざるを得ない。グリーンスパンF RB議長の仕事も、就任前の経済コンサルタントよりも重要だと思う。彼のこ とは大変よく知っており、今度ゴルフを一緒にするとき、「ピーナツを食べ る」という意味を聞いてみよう。 世界銀行総裁 ジェームズ・ウォルフェンソン氏 James D. Wolfenson 1933年12月オーストラリア生まれ。弁護士を務めながら、フェンシン グで同国五輪代表に。米ハーバード大経営大学院で経営学修士(MBA)取得 後、ウォール街で投資銀行家として成功。95年に世銀第9代総裁に就 任、巨大官僚組織の改革を断行。貧困削減を最重要課題に掲げ、99年に史上 3人目の再任を果たした。 |