ワシントンDC開発フォーラム
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「世銀IMF2002年春会合の評価と今後の課題」
2002年4月24日、ワシントンDCにて、政府、実施機関、世銀グループ・米州開銀・IMF、企業、NGO、シンクタンク・大学、メディア等の経済協力関係者約30名が、世銀IMF2002年春会合の評価と今後の課題について、昼食を交え個人の資格で意見交換を行ったところ、概要は次の通りです。
【ポイント】
- 開発委員会は、前月のモンテレイ合意を受けて、具体的実施が課題との認識のもと開催。開発効果とパートナーシップについては、オーナーシップ/政策/ガバナンスの満たされた国への支援強化、教育についてはミレニアム開発目標(MDG)達成への具体的行動の重要性を確認。今後、結果重視アプローチの具体化と、問題に直面する低所得国(LICUS)への対応を要検討。
- 国際通貨金融委員会(IMFC)は、低所得国への対応につきマクロ経済政策関与に特化することを確認し、成長・公的資金管理・貧困/社会へのインパクトへの配慮に合意。先進国の市場開放と補助金撤廃、コンディショナリティの限定、HIPCの持続可能性についても議論あり。
- 日本として、開発問題に関する内外への発信強化、制度支援強化、教育重視の流れにおける途上国教育委員会への支援体制整備、PRSPのオーナーシップ強化、ミレニアム開発目標(MDG)の位置づけの明確化等の課題への取り組みが重要。
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【本文】
- 2002年春の開発委員会の評価と今後の課題
(世界銀行日本理事室理事代理・吉田正紀氏)
(1)背景
今般の開発委員会全般、モンテレイから、更に今後という一連の流れでお話したい。
今般の開発委員会は、メキシコのモンテレイで開発資金国際会議が開催されてから初めての閣僚級の会議であった。モンテレイ会議の評価はいろいろあるが、ドナーと途上国(援助受入国)が同じテーブルについて共通のプラットフォームに同意したという点が大きいと思う。開発のためには、途上国側には各国のオーナーシップ、政策、ガバナンスが重要であり、それが満たされる国に対しては米、EUなどドナー側から資金援助を行うとのコミットがなされた。ただし、当然ながらドナー側は途上国のガバナンスが重要との点が定着したと見ている一方、途上国側ではドナーがお金を出すコミットをしたという認識を持っており、両者にすれ違いも見られる。
今回の開発委員会に先立ち、ウォルフェンソン世銀総裁は、これからは実施(implementation)が大事と強く主張している。開発のための方法論(modality)が形として出来上がり、今後はどのように実行するかが課題という認識である。開発委員会の議題は、正にこの方法論の論拠となる開発効果(development effectiveness)とパートナーシップについての分析、そして教育の2つが中心となった。
(2)評価と課題
開発効果(Development Effectiveness)とパートナーシップについては、世銀事務局より過去の世銀による開発支援の効果を検証するペーパーが提出され、その中で開発支援の成功例を見るとオーナーシップ、政策、ガバナンスが重要との結論になっている。開発委員会では、このように過去上手く行った方法論が確認された。
世銀としては、モンテレイ会議以降、オーナーシップ、政策、ガバナンスが十分に満たされた国がバイ、マルチの資金を効果的に自らのストラテジーに沿って利用していくという枠組みは、正に世銀が行っているCDF、PRSPプロセスの真骨頂であり、今回明確な位置づけが与えられたという認識だと思う。
教育については、ミレニアム開発目標(MDG)から教育を取り出した形で、2015年までの達成に向けて具体的行動をとることの重要性が改めて確認された。
今後注目すべき点としては、開発効果のペーパーの中で結果重視(result-oriented approach)、すなわち援助の結果を検証して政策にフィードバックする必要があるとの主張がなされていることが挙げられる(コミュニケ第6パラ半ば)。今般、世銀の中でこれを実施するためのチームが新たに立ち上がり、進捗状況を報告することになっている。これは、MDGと軌を一にするものとも捉えられる。
(a)Donor Input、
(b)それを受け、各援助受入国がどのような政策を実行するかというCountry Input、
(c)各援助受入国による初等教育修了率向上といったCountry Output、
(d)各援助受入国での識字率向上といったCountry Outcome、
を計測してのドナーのインプットを有効に行うためのフィードバックを行うということである。
もう一つの点は、オーナーシップと行ったときに視野から消えてしまいかちな、問題に直面する低所得国(Low Income Countries Under Stress、LICUS)への対応である。以前のアフガニスタンなどのように国際的に認知された政権がない、あるいは機能していないため、世銀やバイも含め支援が全くストップしてしまっているような国については、オーナーシップといったところで限界があり、どのように支援していくかをを考える必要がある。今般の開発委員会では取り上げられなかったが、今後検討されていくことになろう。
(3)エピソード
今回の開発委員会特に面白かったやりとりを紹介すると、オニール米財務長官が、「月曜朝の試験(Monday morning test)」という面白い議論をしていた。つまり、1週間勉強したことについて、翌月曜日の朝に、それを発展させて更になにが出来るか論じるというテスト受けたら答えられないということが良くある。つまり開発効果について物事がわかったつもりでいるが、それを実施に移そうとすると分からないことがたくさん出てくるということ。これまで開発に対する処方箋を描いては失敗してきたとした歴史があり、今回のアプローチが成功するものかは誰にもわからない。一般論ではなく個別の国の状況を十分に見る必要があり、皆が知った風になるのが一番危険であると指摘した。これに対し、これまで開発について積み重ねられてきた経験は信頼に足るものであるという反論もあった。また、世銀内部の議論では、途上国に対する処方箋はいろいろな構成要素を混ぜ合わせることにより結果が大きく違ってくるものなので、実際にやってみないと本当に成功するかはわからず、世銀は開発戦略について謙虚になるべきである、という意見もあった。
また、教育について、我が国からは、教育問題はサニテーションなど一般社会インフラとは違う性格がある。教育特に初等教育は文化、人々の生き方と強く結びついていくものであり、画一的なアプローチではなく、慎重に対応すべきというコメントがあった。
2.2002年春の国際通貨金融委員会(IMFC)の評価と今後の課題
(IMF日本理事室審議役・柳瀬護氏)
(1)低所得国への対応
今般のIMFCを中心にしつつ、それを超えて、そもそもIMFが低所得国に対してどのように関わるかという問題についてご紹介したい。近年IMFでは、どのように低所得国に関わっていくかについて議論を積み重ねてきたが、最近ようやくIMFとしての立場が固まった感がある。それは、今回のコミュニケに示されている通り、「低所得国がきちんとしたマクロ経済政策を取れるよう上手にアドバイスする」というものである。この根底には、成長なくしては持続可能な貧困削減はあり得ないという認識がある。4−5年前にはIMFも社会セクターについて直接関与を深めるべきという議論もあったが、最近は減ってきている。その意味で、IMFと世銀の役割分担が明確化してきた。PRSPというきちんとした形で国際社会で共有枠組みが出来てきたので、貧困削減のためのIMFの役割は、そのマクロ経済面での進捗状況の確認・支援に特化していくということで大まかな合意がある。
それでは、IMFが低所得国のマクロ経済政策に関与する際に何を見るかということであるが、この点はコミュニケ第12−13パラに簡潔に示されている。PRSPアプローチは極めて適切であり、IMFとしてPRGF(Poverty Reduction and Growth Facility)でサポートすべきという点を踏まえて、PRGFの運用に際して課題として残っているのは、(a)持続的成長の要素(source)を議論してIMFとしても専門性を高めること、(b)債務救済を受けて公的資金管理を十分に確保すること、(c)IMFが低所得国に対してマクロ経済政策を提示する際には、貧困・社会へのインパクトをきちんと踏まえて行うとともに、貧困・社会分析については他の機関と協力しながら行うことである。これらの点については合意が見られた。
また、低所得国がマクロ経済政策を行う上で必要な基盤が備わっているかという点が大事であり、IMFとしても従来以上に技術支援を行う必要があるという問題意識も共有された。ケーラーIMF専務理事はアフリカに技術支援センターを作るというイニシアティヴを打ち上げており、現在世界各国からお金を集めている。
(2)先進国の市場開放と補助金撤廃
他方で、低所得国が成長を実現するためには先進国の役割も重要である。IMFとして最近打ち出しているのが、先進国には資金提供に加えて市場開放・補助金撤廃が重要という議論である。ケーラー専務理事も機会あるごとに、先進国が途上国を助けるのであれば市場開放・補助金撤廃を通じて支援すべきと強く主張している。
先進国では多額の補助金が農業部門に与えられている。この補助金を撤廃すれば、ODAを出す以上に経済効果があるのではないかと指摘している。
(3)コンディショナリティ
IMFのコンディショナリティについては、経常赤字をどれくらいにせよ、財政赤字をどれくらいにせよ、国有企業を民営化せよといった条件の中で、従来相当不必要なものがあり、削減すべきではないかという問題について検討が行われてきた。
これは理事会でも議論したが大体方向性が固まり、IMFが目的とするマクロ経済上の目的を達成するために必要な条件に限るべきであり、マクロ経済以外については世銀等他の機関に移行して、ある程度コンディショナリティを減らすべきということになった。その裏返しだが、途上国のオーナーシップが益々要求されることとなった。
(4)HIPC
HIPCについても議論があったが、HIPCの中には債務救済をしても、再び持続可能性が問題となる国もあるのではないかという疑いが出てきた。IMF・世銀とも同じであるが、もう少し債務持続性(debt sustainability)の精度を上げる必要がある。
3.席上及び直後に電子メールで出された意見
(1)全般的評価
- 開発委員会は、モンテレイ会議からの流れを受けて、モメンタムの高まりをうち消さず、現実的な形で定着・具体化させたという意味で、90−100点をあげても良いと思う。
- IMFの立場と日本の立場はかなり近い。今回のモンテレイ会議を受けてのIMFCでも、ドナー側とともに途上国側のコミットメントの必要性も確認され、双方がなければ何事も進まないということがコミュニケでもきちんと出ている。また、貧困削減のためには長期間続く成長が必要という認識もIMFCで共有されている。貧困削減の対策を社会セクターに結びつけるのでなく、その国自体が成長する必要があるという点が認識されたのが良かった。
(2)国内世論との関係
- 今回のG7と世銀IMF春会合の報道は、4月18日に日本から多数のメディアが来訪し、19日には大臣・日銀総裁が来て、同19日に日米財務相会談とG7夕食会が行われた。日本の大手メディアは、塩川財務大臣が6月に経済活性化策をやるとオニール財務長官に表明したとの見出しでほぼ一致した。翌日午前のG7会合では、世界経済の回復を確認したとの見出しで同様にほぼ一致した。いずれも土曜日夕刊、日曜日朝刊のトップ記事となった。他方、その後のIMFCと開発委員会は、二晩徹夜の記事作成の後ということもあり、G7と比較して緊張感が少なかった。更に、援助については日本が厳しい経済状況なのに他国を援助する時代かという雰囲気が東京のデスクからひしひしと伝わってきた。昨年秋のオタワでのIMFC・開発委員会と比べても関心が薄い。日本国内の世論とワシントンの開発議論のギャップが大きくなる。日本ではG7といえば先進国の一員だということで関心が高いが、IMF・開発委員会となるとフェードアウトする。
- 折角日本が世界第二位のドナーなので、財務大臣が一言発言すれば内外のメディアが取り上げるのではないか。特に、日本のメディアのみならず外国に向けて発信すれば世界に印象付けられる。英国のゴードンブラウン大蔵大臣は目立っており、思惑はいろいろあるだろうが、政治家だから思惑あって良い。日本の財務大臣はG7が終わったところで帰ったが、援助に対する考えを真剣に話せば、報道するところは報道する。日本のステートメントの主要部分を強調してメディアに説明するだけでも効果がある。このようなことを真剣に考えないと、世論が内向きになってしまう。
- 開発委員会に大臣に出るのはあまり考えられないが、10年程前に橋本大蔵大臣が演説した例もあり、10年に1回でも良いので出席してはどうか。また、IMFCには日銀総裁も良く出席している。
(3)実施とキャパシティビルディング
- 開発委員会のコミュニケを見ても違和感や問題点は全く感じることはなく、誰もが賛同する話であり美しい。しかし、本当の問題は、実施(implementation)がどうなるか、その過程で日本がどれだけ存在感を示せるかということである。PRSPの実施について個人的に疑問なのは、地方分権を推進すべきという話が世銀・IMFで出てくる点である。確かに住民に身近な行政は地方にあり、地方分権は美しいテーマであるが、IMFから見れば、地方政府にはまだまだキャパシティ・ビルディングが必要である。その地方政府に資金が流れるのは、言っていることとやっていることが矛盾する。開発についても、教育面の実施について、中央政府のキャパシティビルディングから段階的に執行すべきということについて、日本国内でコンセンサスが取れるのであれば発信できないか。
- 政府機関のキャパシティ・ビルディングについて、IMFなどはアフリカで財政運営の技術支援等を行っているが、日本も制度構築の面で技術支援ができないか。日本政府にある知見を活かして、直接開発途上国の政府に技術支援を行えば効果的である。欧州のドナーの中には、「技術援助」という名のもとにアフリカ諸国で大きなオフィスを構えたりしているケースもままある。
- 制度支援については、例えばカンボディアでは民法や民事訴訟法、ベトナムでは経済法、ラオスでは環境基本法、中国は刑事法や環境法など、幅広い支援をJICAが行っている。
- 自分は世銀に勤めているが、アフリカ出張した折に、例えばケニアの中央銀行から、日本の財務省・日銀の人にきて制度構築を手伝ってほしいといわれた。しかし、それを助けるために、誰に何を伝え、何をどうすれば良いのかわからない。財務省に行ってもアフリカへ送る人材がいないと言われ、JICAにはそのような専門家派遣のシステムがあってもピンポイントで手取り足取りして実現することは難しい。アフリカの公務員が言うことには、旧宗主国の専門家が来ても、自国の利権を守るような行動をとるので色眼鏡で見ざるを得ないので、日本人が座るだけでもモラルが向上し 効果があるとのことである。そのような機会もなかなか実現できない。サクセス・ストーリーとして、元世界銀行の橋本氏がガーナ財務省のキャパシティ・ビルディングを2年間行って、ガーナ財務省がIMFと対等に話せるようにまでした。このようなことをすれば、日本のアフリカに対する貢献が高くなると思う。
(4)教育の扱い
- 最近開発委員会で教育に焦点が当てられている理由は、米国の新政権が生産性向上・貧困解決のため成長成長・人的投資が大事であり、そのために教育が大事と主張してきていること、「万人のための教育」に関するダカール宣言以降の議論が熟してきたこと、技術的には初等教育の修了率にについてのデータの整備がすすんできたこと等様々な背景がある。
- EFA達成に向けた1つの課題は日本の関心をアフリカにどう向けるかだと思うが、現実問題として、アフリカへのリソース投入は二国間援助を通じた大幅増額も困難であろう。NGOに至ってはアジアが活動の中心でアフリカで活動する団体数は極端に限られる。それ以前にMDGの日本国内での認知がまた極端に低い。おそらく、国際機関を通じた援助に可能性があるように思うし、またこのような援助をMDGの国内普及と絡めて財務省、外務省を問わず国内での広報に努めることが必要であろう。
- 他方、アジアとの相互依存関係の中で二国間援助の役割を位置付けるのは当然のことだろうが、ODAを通じた教育支援、NGO活動を通じた草の根レベルでの教育支援の現状を見ていると、アジアだからといって日本のアクターだけでサブスタンシャルな貢献が今後できるかというと、それも難しいように思う。就学率向上、ドロップアウト率改善といった数値目標のサステナビリティを考えれば、コミュニティの一員として学校を位置付け、コミュニティ住民が学校活動を積極的に支援、モニターしていくことが必要だろうが、このようなコミュニティのモービライゼーションを広域で展開できるだけのキャパシティを持ったNGOは日本にはそう多くはない。
- 二国間ODAの側では、従来の日本のお得意アプローチは学校施設改善や理数科(それも中等教育以上の)カリキュラム改善ぐらいで、公立学校に配分される予算の9割以上が教員の給与に充てられて消えてしまうという現状や、(折角日本の支援で整備された印刷工場で印刷された)教科書の各校への配布が新学期に間に合わない現状、確立された教授法を学ぶ機会もインセンティブもなくただ教科書丸暗記に終始する教員、特に南アジアの多くの国で採用されている中等教育修了時に実施される全国一斉テストでその子女の一生が決まってしまうという制度そのものに立ち入って行くようなアプローチを日本が取っている途上国は、あまり多くないように思う。(学校施設改善について言えば、無償資金協力で建った見栄えの良い高価な校舎が、世銀等がやっている低コストの校舎の大量建設に比べて、教師と生徒の授業への態度に有意な変化を本当にもたらしているのかどうか、再検討が必要だと思う。)
- 第二次ODA改革懇で示されている現職教員の協力隊員への参加促進は確かに改善かもしれない。しかしこれとて教育行政そのものにメスを入れて全国レベルの展開に繋がるものではない。政策そのものにアドレスするためには中央省庁にアドバイザーを配置することがもっと必要だと思うが、現状の教育分野の専門家は、協力隊員OB・OGが圧倒的に多く、現場での経験に基づいた視点は確かに評価できるものがあるが、一方で日本で教育行政に従事した専門家は圧倒的に少なく、アジアに集中投入するにしても日本の人的リソースは極めて限られると言わざるを得ない。
- 以上のような否定的な見解ばかりでもいけないので、アクションオリエンテッドな提案もすれば、専門家1人を長期で派遣するのではなく、日本の教育行政の関係者や、学界、NGO等から成るオールジャパンミッションを形成し、各国の教育行政のファクトファインディング調査をかけ、各国毎の政策提言をまずまとめてみてはどうかと考える。(JICAの開発調査と似ているが、調査に1年も2年もかけていられないので、もっと短期集中型で、しかも政策提言だけにフォーカスした調査にする。)政策項目について相手国政府と合意できれば、それをベースラインとして、現地の日本の出先が随時モニターし、定期的にミッションを日本から送って進捗確認をする。コミュニティレベルのモービライゼーションは、全国一律展開は難しいので、重点地域を決めて最初の3年間程度はそこでの成果を見極め、次第にスタディツアー等で周辺地域への情報普及を図り、随時必要な投入を行なうアプローチが良いように思う。
- 途上国の教育行政にアドバイザーを派遣して政策にアドレスすることについて総論賛成だが、問題はサプライサイド(日本側)の人材である。大学人を派遣するとなると長期で派遣することは困難である。(長期に空けることはまだ日本の大学では難しい)。行政官を派遣しても良いが、文部科学省にも多くの人材がいるわけでもない。
- そこで現在、文部科学省から外務省やJICAに提案しているのが、現職教員をJICAのシニアボランティアという形で中央政府や地方政府の教育委員会に派遣することである。日本の地方自治体(県・市町村)では現職の教員が教育委員会の大半を占めている。中でも、教頭や校長になる人には教育委員会を経験しているが非常に多い。このように、40歳を越えた現職教員や地方の教育委員会の方々は教育行政、教員研修など途上国のニーズに的確に答えられる経験を有しており、かつ教育について現場感覚を持っており、最もプラクティカルなアドバイスを途上国側に与えることができる有能な人材層である。しかしながら、こういう有能な人材層は40歳を越えており、JICAの青年海外協力隊としては派遣できないのが現状である。(ちなみに、現在の教員の年齢構成は平均年齢が42歳を越えており、93万人いる現職教員の60%近くがこの年齢層に入っている。)文部科学省からJICAにこのような人達をシニアボランティアで派遣する道筋を作って欲しいと申し入れているところである。具体的には、既に存在している青年海外協力隊現職教員特別参加制度と同様に(1)学校のスクールイヤーサイクルに合った形で、(2)現職教員が教育委員会から推薦を得る形で派遣できるようにして欲しいと要望しているところである。現職の教員を専門家であれ、青年協力隊員であれ、シニアボランティアであれ派遣するためには上記のような形で親元の地方自治体教育委員会と円満な関係を維持しないと派遣できない。文部科学省はこれら現職教員の海外派遣をサポートをするため、これまで教育協力の経験を有する大学等のネットワークからこれまでの経験を踏まえた協力活動のマニュアル化、事前研修、派遣中の相談をこれからやっていく方針である。
- 途上国の中央教育行政にアプローチすることについて、途上国の教育システムは、(1)中央に教育省が存在し、その配下に地方の教育委員会がある中央集権型のものと、(2)州ごと、あるいは、セクターごと(教育省管轄の学校、厚生省管轄の学校、防衛省管轄の学校等)の分権型の教育システム、の2つが存在すると理解している。
- 中央集権型の教育システムが採用されている場合、教育協力において中央教育行政へのアプローチが適当と判断されるが、途上国においては、中央教育行政が強い統制力をもって地方の教育行政に影響を与えられるほどにはシステムが整っていないため、中央教育行政へアドバイザーを派遣しても、その効果が地方に波及していかない、という実態がある。このため、このような中央教育行政の配下にある地方の教育行政を中心にアプローチしないと、効果のある援助ができと考えられる。
- 分権型の教育システムにおいては、州ごと、又は、セクターごとに、管轄の学校をとりしきっている機関にアドバイザーを派遣することとなる。
- このように、いずれの場合も、日本の地方教育委員会と同規模の機関に日本からのアドバイザーを派遣することとなるため、日本の地方教育委員会を担っている職員がアドバイスする、というのが最も適切と判断される。これら職員は現職の中堅の教員により担われていることが多いため、現職教員を派遣しつつ、教育システムのみならず、教員研修制度から教育カリキュラムの整備まで、より学校教育に親和性の高い内容にまで協力を行える、という付随的な効果が期待される。
(5)PRSPの扱い
- 世銀がプロジェクトを押しつけているという不満を良く聞くが、PRSPについて開発委員会のような公式の場で途上国の政府がどう発言したか関心がある。PRSPプロセスは、かなりオーナーシップが出てきているものの、最終的に理事会に行く前には世銀・IMFのエコノミストがグリップを効かせている。PRSPが認められなかったルワンダのようなケースもある。また、アフリカのある国のケースで世銀のセクターエコノミストと国のセクターエコノミストが真っ向から対立しているケースもある。そういう現実に対して途上国の代表がどういう反応を示しているのか、もし途上国側に真のオーナーシップが芽生えてきているとすれば明るい話である。
- 開発委員会では、モンテレイからいわば有頂天ともいえるモメンタムを維持し、途上国の責任はオーナーシップとしっかりとした政策の実現、ドナーの責任は資金提供ということが確認された。PRSPプロセス自体が押しつけというような議論は公になかったと理解している。
- 開発委員会の後に開発委員会とIMFCと経済社会理事会の会合がニューヨークで開催されたが、そこであるアフリカの代表からは、モンテレイは「パフォーマンス・コントラクト」であるとのコメントがあり、広くその言葉がシャアされた。ワシントンやニューヨークなどのある程度教育された途上国の人は、モンテレイ合意で途上国も責任を負ったということは理解していると思う。他方で、PRSPが本当にオーナーシップを持って作られているかといえば、まだまだこれからという感があり、国レベルの浸透が鍵である。
(6)ミレニアム開発目標(MDG)とアジア支援
- ある資料を見ると、MDGの達成度は東アジアでは高く、日本が東アジアを強調しても国際社会ではあまり評価されないのではないかという率直な印象を持ったが、これについてはどう考えればよいのだろうか。
- 欧州は、MDGに沿った形て資源(バイを含む)をなるべく有効に振り向けたい、つまりアフリカにもっと多くの資源を振り向けたいと考えている。他方で、日本のODAは大部分がアジアに行っている。日本のODA自体を再配分すべきではないかという議論が出てくることに注意する必要がある。もっともMDGの枠組みにはすでに日本も乗っているわけで、どう日本が今後発言していくかは難しいところである。
- 個人の意見ではあるが、日本がMDGを掲げたとしても、アジア以外にもまんべんなく支援するのが良いとは思わない。日本には、ODAは国際政治経済とは離れて美しい世界ものにしなければいけないというメンタリティがある気がするが、これはナイーブだと思う。なぜアジア重視かという点を突き詰めれば、地政学的に日本がアジアにあって、経済相互依存関係の構築に資するということだからである。安全保障への配慮を含め、このような相互依存関係を明確に位置づければ、外国人が見ても理解する筋の通った柱となるのではないか。
- MDGは、貧しい人を助けるという意味で、日本も含め先進国が途上国に支援を行う理由として納税者にとってわかりやすいのではないか。従って、MDGはODA予算について日本国民の理解を得るためにも活用できる。従って、例えば、中央アジアなど、日本にとって実際には地政学的に重要でもなかなか国民の理解が得られない地域について、MDGという旗印を使って日本が丸抱えをしつつ貢献すれば、国民の理解を得ることが出来よう。日本の援助がASEANばかりに集中していると、今後は、逆に国民の支持が得られなくなるのではないか。
- 「ODA」と「開発」を分けて、「ODA」は日本の利益主体に考えるアプローチには今一つ賛同できない。自分は米国NGOで働いているが、市民レベルで国際開発に取り組んでいる人には理解されないと思う。アジアよりアフリカなど、本当に援助が必要なところに「ODA」がいくべきである。日本のODAや援助政策については、旧来の地政学的枠組みにとらわれることなく、地域的にも変わる必要がある。他方、MDGという言葉・内容については、現在のところ日本の市民社会に広く知られてはいないが、日本のNGOや市民レベルで国際開発に取り組んでいる人には理解されやすいと思う。従って、如何に国内に広報していくかを考えるべきである。理想としては、MDGに関して事務方レベルである程度の政策的な方向性・政府の方針を定めた後に、国民に対して賛同また意見を求めるというアプローチが良いのではないだろうか。(外務省の国連やPKOの広報戦略は(良い?)例として参考になるのではないだろうか)。
- 大きな議論であるが、80年代の終わりに冷戦が終わり、それまでのODA・開発の枠組みが崩れた。90年代は、第一に、ソ連や旧共産主義国が崩れた後の移行体制の問題が発生した。第二に、アフリカが典型であるが、冷戦構造の中で行われた援助が返せないことが表面化した。、この二点への対応に時間を要し、90年代はそれで終わってしまった。そして、2000年頃にタイミング良くMDGが合意され、また9月11日テロ事件も発生したとの新たな展開の中で、国際会議・機関や米国などバイのドナーの開発に対する新たなアプローチの端緒が見えてきた。これに対し、日本は冷戦構造のもとでの経済協力の思考を引っ張っており、新しい考えが整理しきれていないままに、世界の方が先に動いてしまっている。
(7)その他
- 日本は依然として主要なODA供与国であり、胸を張ってそれを主張すべきであると思う。モンテレイ会議では、米国やEUがODA増額を発表する中で、日本は何をやっているのかという声はあると思うが、これまで他の国がODA疲れで減らしてきたときにも、日本は伸ばしてきた実績については自信を持って良いと思う。
- WSSDに向けての環境に焦点を当てた議論はなかった。他方で、モンテレイ会議、開発委員会、WSSDというの流れの中に完全に位置づけられているかというと必ずしもそうではないが、そういう雰囲気が出来つつある。WSSDは首脳が集まることになるので、それをどう活かすかという観点もあるのではないか。
【参考資料】
世銀IMF・2002年春会合公式ホームページ
http://www.imf.org/external/spring/2002/index.htm
世銀・2002年春会合関係文書
http://www.worldbank.org/springmeetings/
IMF・2002年春会合関係文書
http://www.imf.org/external/spring/2002/imfc/list.htm
開発委員会での日本国ステートメント
http://www.mof.go.jp/jouhou/kokkin/ko140421g.htm
IMFCでの日本国ステートメント
http://www.mof.go.jp/jouhou/kokkin/ko020420a.htm
G7声明・行動計画
http://www.mof.go.jp/jouhou/kokkin/ko140420.htm
(以上)