ワシントンDC開発フォーラム
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開発におけるICTとナレッジ・エコノミー
−各ドナーのアプローチから考える−
2002年5月29日、ワシントンDCにて、政府、実施機関、世銀グループ・米州開銀・IMF、企業、NGO、シンクタンク・大学、メディア等の経済協力関係者約20名が、開発におけるICTとナレッジ・エコノミーについて、昼食を交え個人の資格で意見交換を行ったところ、概要は次の通りです。
【ポイント】
- ICT関連援助は、ICT分野の開発のための援助と、開発の手段としてのICTの活用の2つに大別され、欧・米・国際機関はそれぞれの問題関心や利益を勘案した援助を行っている。
- 日本としても、ICT関連援助には直接的な利益に結びつくものが多いことから、分野毎のリソースの具体的な配分方針と重点分野を戦略的に定めることが適当である。具体的には、(a)政府の透明性向上に資するICT関連援助の重視、(b)グローバルなICT基盤や日本と途上国を結ぶシステムの構築支援、(c)諸外国との政策・規制の枠組みの共通化推進、(d)日本での成功事例(技術、政策等)の積極的移植、(e)開発におけるICTの成功事例の収集、情報提供等の推進などが考えられ、その際には、途上国の主体性を重視し、ICT関連の民間専門家の意見・アイディアを積極的に取り込むことが重要である。
- ICTは基本的にハードとソフトを中心とした世界であるが、これを経済・社会の各方面に活用することから生まれる世界がナレッジ・エコノミーである。そこでは、知識占有の価値は薄れ、知識共有のもとでの新価値創造に重点が移っている。
- 途上国におけるナレッジ・エコノミーを推進するため、世銀では(a)政策・法的基盤整備、(b)インフラ整備、(c)組織作り、(d)能力開発(キャパシティビルディング)、(e)新規投資に取り組んでいる。今後、長期的視野での生産性向上の方策やドナー間の棲み分け、協調等が課題である。
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冒頭プレゼンテーション担当――――――――――――――――――――――――――――――――――
田中啓之(たなか・ひろゆき)hhhh.tanaka@nifty.com
1960年東京生まれ。1983年慶応義塾大学工学部卒業。1985年同修士課程を修了し、郵政省入省。電気通信行政に従事。2001年7月から約1年間、米州開発銀行ICT課に出向。現在、総務省総合通信基盤局電気通信事業部番号企画室長。専門は、電気通信行政、技術政策論。
泉泰雄(いずみ・やすお)Yasuo_Izumi@hotmail.com
1948年新潟県生まれ、東京育ち。ICU(計量経済学専攻)卒。1972年日本興業銀行入行後、仏でMBA取得。業務経験は国際部門で計20年強。欧州地域戦略・管理・営業が中心。パリ・ロンドンにも勤務。1991年EBRD創設時に応募、旧ユーゴ担当を3年。1998年、興銀退職後は世界銀行で現職(欧州・中央アジア地域産業・金融発展局セクター・マネージャー)にあり、産業・金融部門での市場経済移行支援業務を担当。専門は企業改革・経営環境整備・中小企業育成・金融部門改革・ナレッジエコノミー。神戸大学、国際大学、HEC、GWU等で客員教授、講師も。個人HPはwww.YasuoIzumi.net。
【冒頭プレゼンテーション】
- 開発におけるICT(米州開発銀行ICT課 田中啓之氏)
(1)はじめに
私は総務省(旧郵政省)から米州開発銀行のICT課に1年間出向していたが、米州開銀で自分が担当した調査分析をもとに、現在のICT関連援助の動向とその構造はどうなっているか、欧・米・国際機関のICT関連援助戦略はどうなっているか、日本のICTにおける援助戦略のあり方は如何にあるべきか、という三点を問題意識として提起したい。
(2)ICT関連援助の動向
ICT分野は、電気通信を中心に、途上国を含め、独占体制から競争体制への移行が見られ、「ICT分野の開発のための援助」は、制度構築支援や人材育成支援の重要性が増大している。また、インターネット関連技術を中心に、技術が急激に進歩・低廉化しており、「開発のための手段としてのICT活用」の重要性が増大している。
このような傾向を背景に、開発援助リソースの最適配分方法はどうあるべきかが課題となっている。配分の視点としては、(イ)ICT分野の開発のための援助か、開発の手段としてのICTの活用か、両者のいずれにも該当しないものか、(ロ)開発分野(セクター)の種別、または開発援助理念の種別、(ハ)被援助国の種別、(ニ)援助形態の種別(ローン、債務保証、グラント、投資)、(ホ)配分のバリエーション(マルチ/バイ、民間との連携、他国や国際機関との連携等)等が考えられる。以下、上記(イ)について詳しく見てみたい。
(a)ICT分野の開発のための援助
ICT分野の開発のための援助には、情報通信インフラの構築支援(光ファイバー敷設等)、ICT分野の制度整備支援(競争環境やインターネット関連法制整備支援等)、ICT分野の人材育成支援(ICTリテラシーの向上)、ICT関連起業家への投資等の産業振興支援などが挙げられる。この関連の論点としては、競争の中立性を考慮するなど競争体制下でのインフラ構築支援はどうあるべきか、また、インフラ支援後に競争市場に移行する(した)場合の支援条件はどうあるべきか(後処理方法)、競争導入で取り残される村落(rural)地域の問題にどのように対処すべきか(ユニバーサル基金の導入等)、途上国の電気通信事情を考慮するなどニーズに適した制度とインフラ構築はどうあるべきか(テレセンター、IP電話、途上国ニーズのグローバル規制(標準化を含む)への反映)などが挙げられる。
(b)開発の手段としてのICTの活用
開発の手段としてのICTの活用には、財政情報管理システムの整備等の制度整備支援、遠隔教育等の人材育成支援、産業支援データベース整備などの産業振興支援、開発援助関係者のネットワーク化などの開発のための知識共有等が挙げられる。この関連の論点としては、途上国へのICTマスタープランの策定働きかけ等を通じて「個別の開発分野の視点」と「ICTの視点」をどのように融合・連携していくべきか、サプライドリブン(トップダウン)とディマンドドリブンのいずれを重視すべきか、経済的エンパワーメントと知的エンパワーメントのいずれを重視すべきか、持続的成長への寄与度が高いICT関連援助とはどのようなものなのか、などが挙げられる。
(3)欧、米、国際機関のICT関連の開発援助戦略(中南米諸国を中心に)
(イ)欧州委員会
欧州では、欧州委員会(European Commission)が主導して「情報社会形成」を提唱し、官が積極的役割を果たす形で、包括的協力志向(複数の協力手段の組み合わせ)、具体的アプリケーション開発志向、メディア保護政策重視等の戦略が取られている。特に留意すべきは、欧州型の政策や標準の導入を通じて欧州の知的財産への優先的アクセスが可能にするなど、欧州の外側に「準欧州」を作り市場を拡げていく側面があるという点である。なお、欧州各国政府の開発援助では、理念は別として、旧植民地への援助や自国企業の利益に結びつく援助を優先している国が多い模様である(南欧等)。
(ロ)米国
米国では、ICT分野の競争市場形成、GII(Global Information Infrastructure)の形成、ICT導入による経済成長や貿易振興の推進、ナレッジ共有のためのICTの活用等が重視されている。USAIDはグラント(タイド)援助のみを行っている。特徴としては、強い米国民間部門を背景に、競争市場の形成やデファクト標準採用への働きかけなど米国企業が活躍し易い環境作りに資する支援が行われている点があげられる。保護主義の排除、知的財産権(IPR)保護制度の形成支援にも力点が置かれ、米国の不利益になる援助は行っていない。
(ハ)カナダ
電子政府先進国のカナダは特殊であり、2001年ケベックで開催された米州大陸サミットで「米州内を結びつける(Connecting the Americas)」を提唱する等、ICTを活用したデモクラシー推進等に主眼を置いている。
(ニ)米州機構/米州電気通信委員会
米州機構/米州電気通信委員会は、情報通信分野での規制枠組みの共通化等を推進しており、米州大陸サミットで「米州内を結びつける」が採択されたことを踏まえ、現在アクションプランを策定中である。ただし、米国によるICT分野での米州機構への肩入れ度合いは若干弱い印象がある。
(ホ)世界銀行
世界銀行は、グローバル開発ゲートウェイ(Global Development Gateway)をはじめ、途上国の開発に役立つ知識を世界に広く発信・共有するためのICTの活用等の各種先進的な取り組みを実施している。
(ヘ)米州開発銀行
米州開発銀行は、中南米地域における「開発のためのICT」の中核機関となるべく活動を開始したところである。
(ト)その他
その他、UNDP、国連(ICTタスクフォース)、ITU(国際電気通信連合)、OECD、G8ドットフォース(デジタルオポチュニティー作業部会)、世界経済フォーラム(WEF)等で各種の取り組みが行われている。
(4)日本の直接的利益という観点から見たICT関連援助
ICT関連の援助は、日本の利益に直接的に寄与すると想定されるものが多い。
- 安全保障の面では、多様な国と絆を強めるためのグローバルなICT基盤の構築支援、途上国のセキュリティ技術支援の向上支援がある。
- 資源確保の面では、資源探査や環境モニタリング等での支援がある。
- 産業振興の面では、日本の情報通信機器の市場拡大支援(携帯電話やデジタル放送の標準普及、情報通信機器の相互認証制度の拡大)、情報通信産業の海外進出支援、産業用データベースの整備支援、各国の知的財産権(IPR)保護政策の強化支援、外国労働力の遠隔活用に資する支援がある。
- 日本のプレゼンスの向上(安保理議席の確保等に資する)の面では、途上国のニーズを考慮したグローバルな制度作りへのイニシアティブ、日本の援助実績の積極的PRがある。
(5)日本のICT関連の開発援助戦略(たたき台)
これらを踏まえて、日本のICT関連の開発援助戦略のあり方について次の提案を行いたい。
(イ)日本のイニシアティブの継続
ICT支援は九州・沖縄サミット以来の日本のイニシアティブのある分野であり、引き続き重点を置くとともに、日本のICT関連援助の一層の透明性向上(採択メルクマールの公開)、実績のPRを一層強化することが重要である。これは、日本の開発援助の柱作りと外交の一貫性にも資する。
(ロ)ICT関連援助の具体的なポートフォリオ/重点分野の戦略的策定
ICT関連援助の分野毎のリソースの具体的な配分方針と重点分野を戦略的に定めるべきである。従来の日本のICT支援は財政的コミットメント(国際公約)の達成は意識するものの、その執行に際しては戦略性に欠け、散発的かつ方向性が定まっていない感がある。以下、重点分野の例を示したい。
(a)政府の透明性向上に資するICT関連援助の重視
政府の情報公開推進、不正ができにくい仕組み(例:処理の機械化、監査の機械化)の構築支援、知的エンパワーメント支援を重視する。援助自体の透明性向上(日、相手国)も含める。なお、相手国政府には、「電子政府の推進等」の心地よい言葉を使う。これらは、途上国政府の腐敗の存在、日本国民のODAへの不信感等に鑑みても有効である。
(b)グローバルなICT基盤や日本と途上国を結ぶシステムの構築支援
世界的なカバレッジ/共通性を有するICTシステム(例:地球環境モニタリング(地球温暖化関連)、GIS(Geographical Information System)、ITS(Intelligent Transportation System)、産業基盤DB、遠隔医療、多言語処理ソフト、文化財DB)、電子商取引の基盤技術導入支援、日本のICT関連アプリケーションシステムの国外への延伸(例:電子政府システム、研究情報ネットワーク)を推進する。これらは、日本のプレゼンス、産業振興、安全保障、資源確保といった多くの意味で有益である。ただし、米国の安全保障、産業競争力確保等の観点からの懸念には注意する必要がある。
(c)諸外国との政策・規制の枠組みの共通化推進
特にアジア地域を中心に、政策・規制の枠組みの共通化(例:電子商取引制度、基準認証制度、資格認定制度)の推進に資する援助を重点的に行うとともに、バイやマルチの政策対話を充実させる。途上国ニーズを先進国クラブ(例:ICT分野の標準化等の場)で積極的に代弁する。これらは、産業振興、日本のプレゼンスからも有益である。
(d)日本での成功事例(技術、政策等)の積極的移植
途上国に適した無線通信技術(例:ルーラル無線IPネットワーク)、ルーラル地域のインフラ構築支援施策(TV鉄塔、無線鉄塔等の補助)、地域情報化補助施策(情報化における地方自治体等のイニシアティブ)、ICTリテラシーの向上施策(IT講習会)、霞が関WAN等取組みの途上国へ移植等を行う。また、日本の各種施策の情報発信(英文)も強化する。
(e)開発におけるICTの成功事例の収集、情報提供等の推進
ICTは新しい分野であり、被援助国に、より具体的な情報を提供する必要がある。ICTは手段であることが多いので、開発分野毎に、成功事例/失敗事例、案件形成における注意事項等の情報を、電子的に検索可能なように整備する。これを、世銀、UNDP等と連携して推進する。
(f)開発におけるICTの効果に関する実証研究の推進
ICTが経済成長に寄与する度合いについては、米国商務省、OECD、ILO等が分析結果を発表しているが、途上国や開発援助に関する効果分析は少なく、日本として寄与するとともに、結果を援助方針にフィードバックさせる。
(ハ)途上国の主体性の重視
ICTが開発プロジェクトの手段である場合(情報システムの構築等)には、目的を明確にしたシステムデザインが非常に重要であり、途上国の主体性が欠けていると、他の開発案件よりも失敗する可能性が高い。もともとICTが関連しない案件に、後からICT要素を加える方法や、すでに草の根レベルで行われているICT関連の取組みを支援していく方法は、消極的な対応であるようにも思えるが、失敗が少ない傾向にある。米州開発銀行のICT関連援助の内訳を見ると、ICT関連援助が約10%、そのうち「ICT分野の開発のための援助」への配分は5分の1に過ぎない。援助プロジェクトに手段としてのICTを組み合わせることによる援助の効率化について、より戦略的に取り組んでいく必要がある。
(ニ)ICT関連の民間専門家の意見・アイディアの積極的な取り込み(土俵の拡大)
ICTは技術進歩の激しい分野であり、開発援助政策の形成、開発援助案件の形成・実施等に、より多くの民間の専門家(開発援助分野での経験者に限らない)に参画してもらうための環境整備や、民間のアイデアに資金を付ける仕組み、パブリックコメント等を充実させることが有効である。
2.開発におけるナレッジ・エコノミー(KE)(世銀欧州・中央アジア局 泉泰雄氏)
(1)はじめに
私は世銀の欧州・中央アジア局でナレッジ・エコノミー(Knowledge Economy)(以下KE)のプロジェクトを始めて約1年、ICTとKEの各機関、各国による捉え方の違いに気付かされた。まず、ICTとKEの違いを明確に認識することが重要である。ICTは基本的にハードとソフトを中心とした世界である。eDevelopmentはこのICTを経済・社会の各方面に活用することから生まれる。その結果、出来上がる世界がKEである。
(2)KEの意味・意義
KEの意味・意義は、「時間と空間の制約を超えて」情報を共有できるところにある。ICT、特にインターネットの発展は、組織、国、社会などの今まで閉じこもった意見を外部に開放し、組織上への遠慮やふさわしい手段のなかった人が、対話ができる環境を作り出した。また、リアルタイムが常識の世界になりつつあり、かつてあったような『時差は金なり』的な、時間差による情報格差の意味がより希薄になった。
その結果、知識を占有する価値が薄れ、知識を共有しつつ新たな価値の創造に重点が移ってくることとなった(=ナレッジ・シェアリング)。専門科集団から民間、大学へ、相手と結びつきながら新しい価値が生まれている。こうして生まれた新たな対話のネットワークこそKEである。
(3)KE分野でのリーダー達
KE分野でよい模範となるリーダには、(イ)先進国世界では米国、アイルランド、フィンランド、カナダ、韓国など、(ロ)途上国世界ではシンガポール、マレーシア、コスタリカなど、(ハ)国際機関ではOECD、UNDP、世銀研究所(WBI)、USAIDなどが挙げられる。
(4)世銀グループ
(イ)世銀グループの取り組み
世銀グループは、世銀研究所(WBI)が主導して、教育・研修分野で知識を共有するGDLN(Global Distance Learning Network)の構築に力を注いでいる。また、KEアセスメントを中国、韓国で実施し、EU加盟予定10か国の準欧州もOECD、世銀、EUのサポートによりKEの開発が行われている。世銀欧州中央アジア局は、本年5月にリトアニアへKEアセスメントミッションを派遣し(自分も参加した)、銀行、大学などにおけるKEの形成への援助を行っている。
(ロ)KEの視点
世銀研究所(WBI)は、KE成立の条件として、(a)経済的インセンティブと制度構築、(b)教育(特に生涯教育)と研修、(c)情報インフラ、(d)自己改変システムの4つを挙げている。例えば、韓国は産学共同の情報システムを形成することにより、経済の効率化を進めることができた成功事例である。
(ハ)欧州中央アジア局での取り組み
私の属する欧州中央アジア局では、(a)政治的合意のもとで政策・法的基盤整備(行政としての枠組みを構築するものであり、部門間の話し合いと統合が必要)、(b)インフラ整備、(c)組織作り、(d)KEを支える市民社会、産業、教育界などの能力開発(キャパシティビルディング)、(e)新規投資に取り組んでいる。具体的な内容は次の通り。
(a)政策・法的基盤整備/ Policy, Legal and Regulatory Reform
−電子署名法、データセキュリティ法体系整備
−政府部内、市民との対話、産業・金融部門などとの対話・行政効率化
−ICT, KE教育
(b)インフラ整備/ Infrastructure
−ICTセクターでの競争環境整備
−ICTの質的向上
(c)組織作り/ Institution Building
−政府組織の再整備(通信・放送・内務などを含む各省に関連)
−自治体、NGO、産業団体などとの参加型組織作り
−計画経済に陥らないような配慮
−大学・研究機関等と、産業・市民とのネットワーク作り
−都市部と農村部、それぞれのなかでの、また相互のネットワーク作り
(d)能力開発/ Capacity Building
−一般教育から生涯教育までを視野にいれた教育体制の見直し
−特に、科学・技術部門での人材養成は急務
−生涯教育では、特にICT化に「乗り遅れた」人たちへの対応がカギ
(e)新規投資/ New Investment / Technology Transfer
−ICTに限らず、Low-Tech, Mid-Tech の活性化が肝要
− Incubator へのかかわりもKE化への貢献を目指したものに
−科学・技術部門の成果をより一層活用できるネットワーク作りへ
(5)KEの暗部
しかし、以下のようなKEの暗部も忘れてはならない。インターネットの普及率は、西ヨーロッパの途上国で30数%、東ヨーロッパでは10%以下である。これらICT後進国では、電話、ファックス、CD−ROMなどの異なった媒体のアプローチも必要とされている。デジタル・ディバイドに対しても、農村地域にテレセンターを作る等の対処を考えなければならない。伝統的日本型村社会とは異なり、比較的他の社会とはオープンでない慣習・歴史を持つ、一部のスラブ系、イスラム系、ラテン系、ノルマン、ゲルマン系社会では、情報の占有が起こりやすい。こういった情報のひとりじめから脱却するには、社会観の転化が必要である。
(6)まとめ
今後のKEを考えるに当たっては、生産性の向上のために、農業とICTのどちらに力を入れればよいのかという問題が重要となる。また、ICTの活用、基盤整備、教育問題は長期的視野を持った対応が必要である。他のドナーとの棲み分けと協調も考えていかなければならない。
【席上及び直後に電子メールで出された意見】
1.腐敗防止とICT
- 日本のICT援助を考えるに当たっては、日本ならではの違った味付けを考えなければならない。なんでもICT化することが本当にいいのかどうか警告を発するのは、日本ではないか。例えば、IMFでは発展途上国の政府の腐敗を防ぐために、徴税制度などシステムをすべてコンピュータ化するプロジェクトがあるが、この方法で本当によいのか。日本のように、税務職員個人に責任を与え、組織として教育し、手仕事を行う方が、腐敗防止には効果的ではないだろうか。
- 社会状況の違いをふまえた援助方法を選択していかなければならない。しかし、法制度整備等による腐敗防止が容易でない途上国の場合、技術で解決できることは技術で解決していくことが重要である。
- 日本の場合、優秀な官僚の存在と彼等への正当な報酬があったからこそ腐敗を防ぐことができた。発展途上国の低い公務員給与レベルを考慮に入れると、ICT化から始めた方がよいのではないか。しかし、当然ながらICTはツールに過ぎず、プロセスのサポートも同時に行っていかなければならない。いずれにせよ、不正を正す公人が問題である。発展途上国における役人のインセンティブの欠如を考えると、マネー・ロンダリングなどの腐敗があっても不思議ではない。機械に頼らない部分を作るには、正当な報酬と環境が必要である。
- 日本の援助戦略を考えるに当たり、世界を一つで考えない方がよいのではないか。例えば、裁判官までが腐敗しているラテンアメリカでの社会的信頼関係のあり方を考えると、税務職員の意識を変えるのは時間がかかる作業である。一方、アジアのいくつかの国では日本の経験を活かすことができるかもしれない。例えば、チリでは税務情報の8割をデジタル化し、うまくいっている。このように、アジア、アフリカ、ラテンアメリカなど地域別の細かい戦略が重要である。また、ハードとソフトの各国における状況の違いも考慮に入れなければならない。また、日本の利益という観点から考えると、情報通信機器の市場拡大などソフトも含めた技術戦略も必要なのではないだろうか。
- 他言語処理システムはフリーウェアのトロン、カーナビは日本のものなど、多様な地域に多様な適用方法があってもよいのではないか。モンゴルへの脱税の防止協力のように、ICTを使わない援助の仕方もある。性悪説による権限の縮小化とICTの導入は慎重に考えなければならない。それによって、アジアの経験を活かすことができるのではないか。
2.ナレッジ・シェアリングとICT
- ナレッジ・シェアリングにおいて、日本、特に民間会社が援助できるのではないか。例えば、「教えて答える」OKweb.com では世界の知的資産の保存を行っている。知識の価値を認識し、付加価値を与え、最先端の知識を供給し、途上国の目的に沿った情報を提供することが重要である。例えば、日本のODAを使って、ナレッジ・エコノミーのネットワークとプラットフォーム作りを行ってはどうか。ゴミの収集、埋め立て場所の選定など、同じ問題を抱える地方自治体のナレッジ・エコノミーを作り、解決策を求める市などに情報を提供してはどうか。この際、双方向のナレッジ・シェアリングが重要である。
- モノを作るための援助の基盤として、プラットフォーム作りは重要である。日本には多くの有益な情報があるが、日本語での伝達の難しさがナレッジ・シェアリングを難しくしている。
- 他言語処理システムの言語処理能力は現在約70%であり、そのためには人を配置しなければならない。従って、ナレッジ・エコノミーを国ごとのネットワークにつなげることも重要である。
- 形態としては、知らない人に対してナレッジ・シェアリングを行う相互交換の形がよいのではないか。マルチ、相互、共有をキーワードに、新たな気づき、発想を与えるようなナレッジ・エコノミーの構築が必要である。
3.途上国のニーズとICT
- 例えば、世銀のグローバル開発ゲートウェイにおけるICT導入のアプローチの仕方を考えると、アジア的コンテストとの相性が問題となってくる。世銀のように専門家の専門性が特化していると、ICTを供給する側の希望の方が反映されがちであるが、ICTを受容する発展途上国に対応した形で提供をすることが重要である。また、発展途上国自身の認知度も考慮に入れなければならない。発展途上国は彼等自身のニーズをすべて把握しているとは限らない。そのような現場での需要にも応えていくことが重要である。
- 生産性向上に重点を置いたICTの利用も重要ではないか。開発におけるICTの利用については、スーダン、ジンバブエ、ケニアなどの事例が参考となる。
- ICTの最貧国における役割も重要である。例えば、ボリビアでは世銀がPRSPの一環としてシグマ計画を行っているが、対象は中央のみで地方政府のICT化は進んでいない。しかし、地方政府など末端のコンピュータ化が最も必要である。そういったまだ誰もやっていない地方を日本がやってはどうか。しかし、すべてをICTに頼るのではなく、納税が適切に使われるためには市民社会の発展も同時に進めていくことが重要である。
- 最貧国におけるICTの活用例としてバングラデシュのグラミン・バンクがよく言及されるが、このような例を多く集め、他の最貧国に紹介し、移植していくという方法がよいのではないか。
- ワシントンにいるとマクロな側面から開発援助プログラム・プロジェクト計画を立てがちであるが、ミクロな側面、例えばICT化することで個々の農村社会が本当に改善されるのか、そもそも電気通信が未発達な途上国でICT化が可能なのか等、根本的な問題を考える必要がある。私が以前暮らしていたジンバブエでは、首都ハラレでさえ通信事情が良くなかった。また、独裁政権末期で、最近では政府が思想その他のチェックのため、電子メールの内容をモニタリングしており、ICTインフラが整備されていたとしても十分機能していないと聞く。他方、全人口の70%以上を占める農村部に行くと、人々は水道も電気もない暮らしをしている。こうした状況を知っている者には、ワシントンでの議論が空虚なものに感じられる。
- ギニアで幾つかの地方自治体を訪れた際、役職を持つ人のパソコンはきれいにカバーがかかっていてほとんど使われていない状態にあった。ハードとソフトのテクノロジーを別にして援助していくこと重要である。最近ギニアでは、インターネットカフェで就職している人の数が増えている。ICTに関しては、政府よりも一般の人のニーズの方が大きいように思われる。上からと下からの動き両方が必要であり、そのためには、ICTに関わる人の育成が重要である。いろいろなレベルから始めて、長期的にはその国のニーズを満たすことができればよいと思う。セネガルの銀行システム、会計システムに見られるように、官と民の区切りはあまりなく、外からのお金があれば、途上国内のニーズはどこにでもある。
- アフリカの現実を考えると、ICTはやはり産業育成の道具である。マーケットの開発とアクセスにICTを利用することによって、輸出能力を向上していくことが重要である。また、ハードとソフトのうち、いかにソフトを使っていくかを日本が示してはどうか。例えば、花を売る場合のインターネットの情報の使い方など情報操作の方法を研修することなどが考えられる。ICT文化では、倫理と教育面での両方の対応が重要である。それらを途上国と一緒に考えていってはどうか。
- ナレッジ・エコノミーを形成するためにはまずスコープを絞り込むことが大事。注目を得ることのできる問題を提起しなければならない。また、ICT化それ自体を目的にすると失敗するので、課題がまずあり、それをICT化するような方向で始めた方がよい。ICTの枠にとらわれず、それを利用していろいろなことをやっていこうというような姿勢が重要である。
- 農村とICTに関して、成功事例としてウクライナが挙げられる。ウクライナでは、井戸端会議の場としてテレセンターがうまく利用されている。感覚的には、農協の有線電話でよいのではないかと思う。天気の話、肥料の話から始めて、最終的に市場との情報の共有が可能になればよいと思う。その際、ローテクへの対応が重要事項となる。
- 開発援助におけるICTの活用は、性悪説に基づき人を技術で管理するという形に見える場合もあるが、技術を活用することにより市民に力を与えることが一番基本にある目的である。
4.先進国の状況とICT
- ICTの難しさは関連分野が余りに多岐にわたっていること。しかし、コンピュータ2000年問題(Y2K)は、通信、エネルギー、交通、金融など多くの分野にわたるにも拘わらず、ICTが効果的に活用され、先進国の経験が後発国(Y2Kへ取り組みが遅れた国)にうまく生かされた成功事例。成功要因の一つは、課題が明確であったこと。ICTを開発のツールとして利用するにあたっても、プロジェクトの内容及びICTの利用目的をより具体化することで、支援国及び被支援国のコンタクトパーソンが明確化され、そのネットワークを通じ、知識共有・知識移転が促進されるのではないか。また、知識共有にあたっては、クリアリングハウス的役割を担う者(機関)を明確にし、情報のクオリティ・コントロールを行うことも大切。
- 組織内のICT部門に所属する経験からすると、ICTは万能薬ではない。ユーザ部門(被支援国)が明確な利用目的を有しない限り、導入によるコストベネフィットは低い。ICT導入に画一的な方法はない。ユーザ部門(被支援国)の環境に応じ、ICT部門(支援国)が複数の選択肢を用意し、ユーザ部門(被支援国)との対話を通じて最適なものを選択或いは修正していくことが重要。ICT部門(支援国)の押し付けはうまくいかない。ICT部門(支援国)が複数の選択肢を用意できるようにするためには、同部門内でベストプラクティスを集積できる仕組みが必要。失敗事例も重要であるが、なかなかシステマティックには集めにくい。経験者と当事者の直接対話の中でないとなかなか本音は語られない。ICT部門(支援国)とユーザ部門(被支援国)との協力関係の中で、経験者と当事者という個人を結びつけるマッチメーカー的な仕組みができると良い。
- 現在ICT化への援助は公から民へ移りつつある。銀行が無料で提供している場合もある。コストの負担を誰が出すか考えていかなければならない。
5.慶應報告書から見るKEに関するいくつかの指摘
(慶應義塾大学草野厚研究室2001年度報告書「日本のICT支援政策の現状と課題」の全文はhttp://fdr.sfc.keio.ac.jp/HRC/に掲載。)
- ICT支援分野においては、「領域の横断性」、「技術革新のスピードの速さ」にともなう「予測の困難性」という特徴のため、政策立案に困難な側面をもたらす。まず、「領域横断性」故に情報が多分野に拡散しており、一元的な情報の収集、管理、分析が困難である。そして、「技術革新のスピードの速さ」が、拡散している各情報の陳腐化のスピードも速め、これまでの情報と全く異なる必要な新たな情報を絶えず生み出し続けている。従って、必要な情報の断片は「どこかに」存在しているとしても、どのアクターも全体を把握することが難しい。この状況の打開の方策の1つとしてKEを捉える必要がある。
- ICTの分野において「時間と空間の制約を超えて」情報共有をするKEの意味するところは、援助供与国同士、援助供与国と国際機関という援助供与側の「横の」ネットワークに加え、援助供与国と被援助国という「縦の」ネットワーク双方への配慮が必要である。
- 同時に、国内の「政府部門」、「民間部門」、「NGO部門(含大学)」という主要3部門をつなぐネットワークが求められている。
- こうした国内3部門間のネットワークは、援助供与国、被援助国双方に構築される必要があり、上述の「横の」ネットワーク、「縦の」ネットワークも各部門レベルにおとしてネットワーク形成を考える必要がある。
- 最終的に政策形成を担い、それぞれの政策の責任を負うのは「政府部門」であったとしても、政策形成の過程において「民間部門」や大学等の研究機関を含む「NGO部門」が十分にそのメリットを生かしながら参与する必要がある。少なくとも、政府部門の人々は、他の部門から必要な情報・知識・経験を必要に際して十分に引き出すことができる環境を整えることに真剣に取り組む必要がある。
- KEとして確立されるネットワークは、単にICT技術を利用したコンピュータネットワークを意味するのみでは不十分であり、人的な交流を含めたヒューマンネットワークがより重要な概念となる。なぜなら、情報はネットワーク内のどこかに存在するというのみでは大きな意味をなさず、その情報が利用可能な人間と結びついて初めて意味をなすと考えるためである。
- 中でも重要であるのは、政府部門と大学等の研究機関を含むNGOとの連携・ネットワークである。特に、ヒューマンネットワークを通して情報の交換や、人材の相互交流の果たす役割は大きい。研究者志向をもった実務者と実務を理解する研究者との交流が、部門間のネットワークを通して共同作業を行うことで、短期的・中期的・長期的視点からの政策のインパクトを総合的に勘案した上での政策立案・実施が展開可能となる。
- 効果的にネットワークを機能させるためには、各組織におけるキーパーソンを定め、組織内にとどまらず、組織外からもその姿が見えるようにする必要がある。ICT分野に関し当該組織の誰にファーストコンタクトをとるべきか外部の目にも明らかにすることによってネットワークへの多くのアクターの参与が可能となる。
- 国際連携に関しては、プロジェクトレベル(実施レベル)とストラテジーレベル(政策レベル)の2段階があることを認識する必要がある。その中で、「目に見える」連携の成功にのみとらわれず、「目に見えない」連携の成功も評価する姿勢が求められる。(図表参照)
- 大学との連携を図ることは、(イ)政策立案に際し理論的な裏付けからの検証を行うことが可能となる、(ロ)大学が援助機関の職員の人材育成、有能な新たな人材供給の場として機能するようになる、(ハ)ハードからソフトへ重要性の比重が移りつつあるICT分野で、効果的なコンテンツの提供を大学が提供することが可能になる、などの側面から重要である。
図表:2レベルの連携と2タイプの成功
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目に見える連携の「成功」
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目に見えない連携の「成功」
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ストラテジー(政策)
レベル
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相互の理念・戦略を知る
プロジェクトにつながる
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各ドナーの政策の不一致による途上国の混乱を回避
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情報共有
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情報共有
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プロジェクト(実施)
レベル
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各機関のもっている
リソースの最大化
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- 途上国に対する各ドナーのアドバイス・政策が一致していれば、より説得力がある
- プロジェクトの重複を回避(他がやるなら、別の支援を)
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(以上)