2003年9月4日BBL概要

「アジア金融危機を振り返って−IMFは何を誤り、何を学んだか−

9月4日、ワシントンDCフォーラムBBL「アジア金融危機を振り返って−IMFは何を誤り、何を学んだか−」をテーマに約15名の出席を得て、JICA米国事務所にて開催されました。

冒頭に、高木信二氏(IMF独立政策評価室(IEO)審議役、大阪大学経済学部教授)より、先生がチームリーダーをつとめられて本年7月に同室から公表されたレポート「The IMF and Recent Capital Account Crises:Indonesia, Korea, Brazil」の紹介がありました。
本レポートには、大きな反響があり、先生の下にも、当時各国で危機に携わった方やIMFウォッチャー等から多くのメッセージが寄せられたそうです。また先生は 9月16日に日本においても、本内容を国際通貨問題研究所主催のシンポジウム「新興市場国の経済危機を如何にして防ぐか(於 帝国ホテル)」でご紹介される予定だそうです。

【冒頭プレゼンテーション】
1 GDP成長率のグラフより、インドネシア・韓国において1998年に成長率の急激な落ち込みがみられる一方、ブラジルでは99年に危機が本格化したときにも成長率の増加が見られる。また、為替レートのグラフより、危機後インドネシアルピアの大きい動きと、韓国ウォンの穏やかな動きがわかる。

2 インドネシアは、危機以前に高い成長率を示す一方、クローニズム(縁故主義)や脆弱な銀行によって特徴付けられていた。97年11月にIMFのstand-by arrangementが合意された。中央銀行により、16の銀行の閉鎖が行われたが、スハルトの子息の銀行が公然と反旗を翻し、他の銀行に資産を移しかえるなどの行動にでて混乱し、預金取り付けも起こった。結局、銀行セクターの改革は中途半端となり、中央銀行による信用供給が拡大した。98年1月には、様々な改革措置を盛り込んだ改定プログラムが交渉されたが、実現されなかった。98年3月にスハルトが再選し、伝統的なマクロ経済政策がとられ、4月に改定プログラムが合意された。その中で政治的危機が深刻化し、大統領は辞任。大きなマイナス成長と貧困の増加を伴った。

3 危機前のサーベイランスにおいて、IMFは銀行の脆弱性を把握していたが、どれほど問題が大きく、根深いのかよく理解していなかった。また合意されたプログラムを政府が自分から実行できる力(Ownership)や、既得権益の抵抗の可能性についても、よく考慮されておらず、銀行セクターの再建策は、実行できないものとなった。
(韓国とブラジルは省略)

4 これら3カ国の類似点として、マーケットのセンチメントの変化によって資本の流れが逆転する事態に直面したこと(資本収支危機)、IMF(それに伴うWB,日本などからの追加支援を含め)の融資規模は大きかったこと、そしてそれにもかかわらず初期の対応策はコンフィデンスを取り戻せなかったことがあげられる。

5 相違点として、危機前のマクロ条件の違い(ブラジルは財政赤字で、高インフレーション)に加えて、インドネシアと韓国は銀行危機と収支危機のツインクライシスとなった一方で、ブラジルでは銀行の状態がよかったことからそうはならなかったことがあげられる。また韓国、ブラジルは政府の改革への強いコミットメントがあった一方で、インドネシアでは政治的な問題が深刻だった。

6 IMFのサーベイランスはマクロ的脆弱性をみるのに有効であったが、金融セクターや企業のバランスシート、ガバナンス(汚職等)の問題をつかめなかった。また危機以前はエマージングマーケットに大量の資金が流入しており、その分、IMFの忠告には耳を傾ける必要が低くなり、サーベイランスのインパクトが限られてきていた。IMFにはコンフィデンシャルアドバイザーとしての役割があるが、その上で政府にインパクトを与えられない場合は、問題をパブリックに情報をしていくなどの方策を積極的にとっていく必要があると思われる。

7 マクロ経済はプロジェクションが、テクニカルな判断によるよりも、政治的な配慮を行って作られるという側面があった。スタッフにも多くが見えていないこともあり、インドネシアと韓国において過剰に楽観的、ブラジルに対して過剰に悲観的なプロジェクションとなった。

8 この経済見通しが、財政政策にも影響を与え、韓国、インドネシアの場合、財政緊縮を行い、ブラジルの場合は十分な財政緊縮を行わなかった。しかしながら、はじめの政策デザインは誤っていたけれども、これはやがて修正された。因果関係についても、産出量・民間需要の縮小は財政政策によるものではなく、財政問題を、経済を悪化の原因とするのは間違っている。

9 金融政策に関して、(スティグリッツがいうように)最初の数ヶ月間の高金利政策によってインドネシアがだめになったというのは、間違っている。実際IMF交渉後は銀行セクターに中央銀行から大量の資金が供給され、金融政策は非常に緩いものであった。また韓国に関して融資額が不十分であったのは本当だが、インドネシアの場合は、問題は融資額ではなく、政治的コミットメントの欠如であった。

10 銀行問題について、インドネシアの失敗は預金の全額保証をとらなかったことだという議論もあるが、銀行セクターに対する対応戦略や市場、国民に対するコミュニケーションが欠如していたことこそが根本的な問題であり、債務保証の程度については11月時点でのパーシャルギャランティーは間違っておらず、1月時点でもブランケットギャランティー(全債務の保証)は必要なかったといえるのではないかと考える。ブランケットギャランティーは、悪用される可能性も高く、実際インドネシアの場合、自分の銀行をつぶして政府から金を取るといったケースがあったといわれている。

11 構造プログラムに関して、政府の広範な改革へのコミットメントが市場の信認を回復するといった観点から、インドネシア等に関しては、多岐にわたる過剰なコンディショナリティーが要求された一方、銀行企業セクターのリストラクチャリングーなど危機からの脱出に必要不可欠なものに十分な焦点があてられず、手が回らなくなってしまった。

12 またコミュニケーションストラテジーとして、IMFに知らされていないインドネシア政府からの情報に、マーケットがネガティブに反応したケースがあり、情報をどのように公表するか、IMFと政府間で十分に討議されていなかった。またIMF内部のガバナンス
の問題として、当時においては理事会にあがるペーパーに率直に書きすぎることはよくないこととされる風潮があったり、各局が危機に対して別々に動いて協調がとれておらず、また他の開発機関とも連携が取れていないといった問題があった。

13 レコメンデーションとして、サーベランスについては、リスクシナリオを検討するストレステスト的アプローチを取り入れていくことが重要。また従来どおりコンフィデンシャルアドバイスに頼っていると効果がないのであれば、情報開示して、パブリックコメントを通して効果を高める方がよい。エスカレーテッドシグナリングでバランスをとっていくことができる。メッセージをより率直に伝えることも重要。

14 またプログラムについては、そのロジックや戦略を対外的にも示していくことが重要であり、状況は刻々と変化するので、具体策おいては柔軟性である必要がある。構造プログラムには、危機対応に重要でない項目は必要ない。

15 またIMF以外の資金提供については、IMFと同じ条件の下で大量の資金が与えられていたならば、結論は変わっていたかもしれない。またIMFは危機管理のコーディナーターとしてプロアクティブな行動をとっていく必要があり、失敗のリスクも含めて、理事会や主要国と意見交換を行っていくとともに、スタッフの専門的観点からの見解については政治的介入がないよう確保すべき。またIMF内部において、危機対応に動員できる人材等を確保するとともに、不愉快でも率直な意見を言える人をさらに守ることのできる組織になっていってほしい。


【 席上の意見交換】

1 当時タイと韓国のクライシスマネジメントチーム(世銀)にいたが、世銀の内部手続きの煩雑さによる対応の遅れがひどく、IMFは内容の是非はともかくとして、次々と早い対応ができるように見受けられた。世銀側のアイデアがIMFプログラムの中に即座に加えられたケースもあった。危機前のサーベイランスの問題として、国のソルベンシーをみるデータは手に入るけれども、流動性を見るには直近のデータが必要であり、前もってそれをつかむのは難しいのではないか。

 →資本収支危機が、ソルベンシーなのか流動性なのかはっきりしていないが 、複数均衡の世界なので、答えは皆がOKと思うか思わないかによって決まるのでは。

 →最適ポートフォリオのなかでその国の資産を保有するか否かというところで起こるのだから、資本収支危機はストックの調整であるとともに、フローの問題としてもあらわれる。

2 97年夏のタイ危機を発端として、危機はインドネシア、マレーシア、韓国と波及していった。これらの流動性危機に対して、IMF及び他のドナーは総じて流動性の供給という対応策で一律に対応した。しかしインドネシアのみは危機は深化し、回復も遅れた。なぜインドネシアだけが危機を深化させたのか。IMFや他のドナーはこれらの国への対応策を一様に間違い続けたが、政治的コミットメントなど何らかの前提が違っていて、インドネシア以外の国は比較的重くないショックで済んだということなのか、あるいは、IMFの処方箋が対応する国によって違っていたということなのか。
 →インドネシアについては、問題であった金融セクターに対する適切な対応策がとられなかったことが問題を一段と深刻にした。タイや韓国と比べても不手際が目立ったように思う。

 → IMFは一様の政策を各国に適用したというよりも、このような資本収支危機にや銀行セクターの問題にどう対応したらいいかについて当時はコンセンサスも十分な経験もなかったために、危機に対してフォーカスした対応がとられなかったことが問題だった。

 →韓国の場合、危機が起こる前から韓国独自が危機対応のストラテジーを用意しているなど優れた人材が多く、危機をチャンスに変えるだけの実力があったのではないか。

3 他の組織とのコーディネーションの問題はどのように解決されると思うか。
 →フィナンシャルアーキテクチャーのありかたとして、他の機関とのコーディネーション以前に、IMFにどのような役割を与えるかということが基本問題。他方、IMFはADB等と一緒に働いた経験がないことも事実だった。また組織文化の違い、相手に対する不信感等により、担当者レベルでも情報をシェアできなかった。

 →危機の際等にどのように他の機関とコーディネーションをとっていくかについては、以降、随分議論され、改善の跡もみられる。

4 レコメンデーション5で、IMFが危機時の調整役としてプロアクティブあるべきとする点に賛成している。これは各機関が保有する情報をシェアできるようにしていくべきだと思うか。またレコメンデーション1で書かれていることは、危機を引き起こすような状況に対して、軽率なエクスポージャーを最小化したほうがいいということなのか。途上国の市場開放を段階的に進めるように、規制した方がよいということか。

→ リスクマネジメントを国レベルで行うのか、銀行レベルで行うのかによるかという問題でもあるが。

→ 金融自由化や資本取引の規制については、IMFの中でもコンセンサスが危機以降変化している。例えば、現在は市場開放を進める上では、国内のリスク管理体制の強化も含めて、各ステップをふんでいくべきだとされている。

→ かつてサーベイランスは正しいエコノミストの判断のもとで行われる、という認識であったが、現在では、サーベイランスは対話であると位置づけ、各国の政治的、社会的条状況も考慮し、相手国からの議論も紹介しながらIMFの見解をのべるといった対応がとられるようになってきている。また4条コンサルテーションの結果も公表されるケースが多くなってきている。

【リンク】 
本レポート全文
http://www.ihmf.org/external/np/ieo/2003/cac/index.htm

以上の諸点をはじめ、日本として取り組むべき課題や、議論を聞いての感想など、短いものでも結構ですのでinfo@developmentforum.orgまでご意見をいただければ幸いです。

(板垣 彰子)

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